第33話
エウロパが見つめた東の地平、荒れ地の一本道を疾走する大型車の一団があった。それはガニメデが運転しイオが乗り込んでいる救急車とは違う、見るからに怪しげな黒塗りのパネルバンの車群である。光沢のないオフブラックに塗装されている車体に取り付けられているナンバープレートも、一般的な物ではなく軍属の車両に取り付けられているタイプの物で、それ以外に身元や所属を明かすような塗装などはまったく施されていない。明らかに特殊な任務を帯びた怪しげな車両が計5台である。遮光材を多く含んだフロントガラスのせいでデッキ内部もロクに覗き見ることができないが、辛うじて運転席でハンドルを握っている人影だけは判別できた。
しばらく連なって走っていた5台のパネルバンであったが、やがてその内の1台が車列から離れて砂利道の側道へと下り、砂埃を上げながら別の方向へと走り去っていく。別動は当初よりの予定だったのか、4台となった車群は速度を落とすことなく「目的地」へとひた走った。
その先頭を走るパネルバンの薄暗いデッキ。運転席に座りハンドルを握っているのは、工廠でゲート警備していたアンドロイドたちが身に付けていたものと同じタイプの事務服を着た女性型アンドロイドである。事務服ではあったが、やはり短機関銃ほか多数の物々しい武装をしている。足下は事務服とセットになっている会社指定のヒールの高いパンプスであるが、不便そうな素振りも見せずに巧みにブレーキとアクセルをコントロールしていた。
「別動の5号車は予定通りBポイントへ向かった。ここまで23秒巻きだ」
キビキビとした口調で状況確認しながら、貨物室とウォークスルーになっている後席から運転席側へ顔を覗かせる女性の姿があった。イオやエウロパが着用している物と同型の黒ずくめの戦闘制服を身に纏い、年の頃は10代半ば、カリストらと同世代の少女である。長い黒髪をキッチリとポニーテールに結わえた姿は、どことなく男装の娘武者を思わせる凛々しさがあった。
少女は助手席のヘッドレストに後ろから寄りかかり、パネルバンの進行方向を睨み付けながら誰にともなく問いかける。
「ガニメデの現在位置は?」
「現在、我々の37秒後続」
即座に貨物室から返答が返る。トラックと呼べるほどには大きくはないパネルバンの貨物室内には様々な端末が押し込まれるように並べられ、さらに担当オペレータとして女性型アンドロイドが6名、相当に狭苦しい状況であるが、慣れているらしく手際は非常に良い。
「つまり我々が37秒先行しています」
「対象より我々は平均5km/h遅れですが、目的地まで最短でも14秒先行します」
オペレータたちはマルチモニタを忙しなくチェックしながら、複数のキーボードやコンソールを操作し、手を止めることなく報告を続ける。もはや誰が誰に対して報告しているのか傍目には判らないほどだ。その報告を受けた少女もまた、オペレータたちを顧みることもせずに指示を続ける。
「現時点までは順調だ。考えられるイレギュラーはカリストの生き死にに依るが、その対処は後回しで構わない。それ以外に関しては普段通りに対応しろ」
それから一瞬だけ渋面を作って明らかな独り言を呟く。
「まったく毎度のことながら世話を焼かせてくれる。片付けに行く身にもなってくれ」
少女の名はテティス。社内外で発生した会社に関係する諸々のトラブルの痕跡を極秘裏に揉み消し、捻り潰し、秘匿し、隠蔽することを主任務にする部署、通称「片付け屋」を指揮する汎用バイオロイドである。かつてカリストのアルバイト先の喫茶店が謎の武装アンドロイド集団に襲撃された際の事後処理や、世間に面が割れそうになったカリストの一件を処理したのもテティスらの仕事であった。
そのテの作業を密かに行っている部署があるということを知っている者は少なくはない。ほとんどのバイオロイドは何かしらで世話になる機会が多いし、ことさらカリストの周辺ではトラブルばかりなので、イオもエウロパもガニメデも何度となく間接的に世話になっているはずなのだ。しかし、その実情、そしてテティスの存在を知る者は皆無と言っていいほどだ。イオの上司であるディオネなどは相当に熱心にテティスの正体を暴こうとしているらしいが、何のためになのかは判らない(恐らく極めて個人的な趣味趣向によるものだろうとイオは考えている)。
表に姿を現さず、密かに活動するという点ではエウロパやガニメデの任務に似ていなくもないが、テティスは汎用バイオロイドであり、戦闘用バイオロイドと比べると機動性能や格闘性能に関しては格段に劣る。あくまで「片付け屋」というユニットの長として指揮能力を発揮するのが本分であり、余程のことがない限り戦闘行為に及ぶことはないし、当人にその気概もない。
その代わり、あらゆる隠蔽工作に対して高い技能と遂行意識を持っている。どのような困難な任務であっても、手段を選ばず完璧に完遂するという鉄の意志でもって当たっていた。それがたとえ、恐ろしく間の抜けた同胞が引き起こした面倒事だったとしても。
「新キャラだねぇ♪」
『なんだか胡散臭そうなコね……と言っても、本文中にもあるように、私もあんたも、前々から知らない間にお世話になっているんだけどね』
「そなんだ~」
『ガニメデやエウロパも、任務で敵を倒したら倒しっぱなしなんだけど、その後片付けをテティスたちがやってくれているらしいわ』