第9話
メアリが新たに働くことになった喫茶店ではあったが、メアリの貸し出し期間は1ヶ月という短期間だったため、カリストらアルバイトがクビになることは避けられた。
また、メアリは比較的安価な汎用モデルだったため、アンドロイドタイプのロボットとしては決して高性能とは言い難く、何もかもを任せるには心許ないというのもあった。
「まあ元からロボットの手でも借りたいほど忙しいってわけじゃないしな。知り合いは細やかな会話データが欲しいって言ってたから、適当に話しかけてやってくれ」
「今日からねぇ、喫茶店でカワイイ女のコのロボットが働くことになったんだよねぇ」
『ロボットねぇ、ふ~ん……で、どんなモデル?』
「なんてったっけなぁ……メーカはCNSだったよっ」
『ふ~ん……近ごろ急激に技術力を上げてるって評判の企業よね、そこ。……で、どうして? あの喫茶店、どう考えても人手が欲しいほど混んでるようには見えなかったんだけど』
「エンケラティスってば、まいすたの喫茶店に行ったことあるのかなっ?」
『あでっ!? ……な、ないわよっ! あるわけないじゃないっ! あんたのハナシから想像してみたまでよ』
「? ……えとねぇ、なんか、まいすたの知り合いの人がテストのために貸してくれたんだって~」
『ふ~ん、あんなガラガラの店にねぇ……』
「カワイイんだけど、おムネが固くって、ちょとザンネン……もっとフカフカおムネだったら嬉しかったんだけどなぁ」
『あんた……何を言ってるのよ……』
「エンケラティスのおムネはフカフカかなっ?」
『なっ!? バ、バカっ! なんてこと訊くのよっ! そ、その、す、少しだけなら、フカフカ……だけど……』
「えへへ~♪ もしエンケラティスに会えたら、ギウギウっしたいなっ♪」
『な、なに言ってるのよっ! もう! バカっ! オヤスミ!』
「えへへ~♪ オヤスミなさ~い♪」
翌日、カリストは久しぶりにバイクのレストアに精を出した。マンションから少し離れた場所にある使われなくなった納屋を借りて、そこで作業している。
バイクといっても小型の、いわゆる原付バイクのことだが、かなりの年代物で50年は昔に生産されたものらしい。前の持ち主は初めからコレクションとして保管しておいたらしいので、年季が入っている割には程度は良好で走らせることもできる。
が、実は使用が禁じられたガソリンエンジン仕様なので、現状では車両登録することができないのだ。カリストはガソリンエンジンを取り外し、そこに廃材屋で貰ってきた650cc相当出力のリニアエンジンを搭載しようと頑張っているのだが、フレームやパイプ類の位置関係や付属部品の取り回しなど、思いのほか作業は難航しているのであった。
「んう~。こっちにステーを溶接した方がイイかなぁ……」
寸法を測ったり図面を書いたり細かな位置取りを確かめたりなどせずに、思うや否や一発で溶接を開始するカリスト。運が良いのかセンスがあるのか、それほど大きな失敗をしたことはない。
「んしょっと……うん♪ これでヒートシンクも付けれるよっ♪」
リニアエンジンの放熱板をカウルの下に取り付けてから、ふと考える。
「やっぱし液冷のがイイのかなぁ……こっちのコンデンサの耐熱温度が……」
柔弱で幼稚なカリストは、その見た目もあって非常に女のコらしい雰囲気に溢れていたが、一方で趣味に関しては少年のような嗜好の持ち主と言えた。
このバイクのレストアもそうだが、虫を探したり模型飛行機を作って飛ばしたり、古い時代の戦史を読んだりするのが好きなのだ。メアリの名付けの際に案として出した名前も、2世紀以上も昔の戦争で活躍したドイツ空軍の「戦車撃破エース」の名前からの援用だったが、まともな女のコの趣味趣向とは言い難い。
「お前さんは本当に変わり者だよ」とはオーナーの口癖となっていた。
夕方近くなり、カリストはバイクのレストアも一段落ついたため帰宅することにする。
帰りの道すがら、ふとカリストは考えた。
「そゆえばメアリの名前付けたけど、わたしの名前ってば何なんだろ~?」
カリストは自分の名前が何に由来する名前なのか、ある程度の目星を付けていた。
「木星の衛星だよね、きっと」
さらに、エンケラティスの名前も、これもきっと土星の衛星である「エンケラドゥス」に由来するのだろうと考えている。そういえば、前にエンケラティスがポロッと口にしてしまった「ディオネ」という名前も、土星の衛星だったことを思い出すカリスト。
どうやら「施設」の人間には、太陽系惑星の、それぞれの衛星から名前を援用したものだろう。
「ふ~ん、へ~え、何だか面白いねぇ♪」
そんなことを考えながらしばらく歩いていたカリストだったが、突然にショックを受けて立ち止まる。
「イオ! そだ……イオもわたしとおんなし木星の衛星の名前~!」
木星の、特に有名な4つの「ガリレオ衛星」……エウロパ、ガニメデ、カリスト、そしてイオ。それは偶然にしてはあまりに出来すぎだ、由来が近すぎる。
とすると、イオも「施設」の人間なのだろうか? エンケラティスがいるのに、どうして改めて身元を偽って自分に接触する必要があるのか? 何か重大な理由や、あるいは陰謀じみた意図が感じられる!
……とは、カリストは考えなかった。そんな事は夢にも考えない。
「不思議でしょ~? 不思議だよねぇ?」
帰り道で思い付いたイオの名前の「偶然の一致」をエンケラティスに発表して悦に浸るカリスト。いい加減、エンケラティスは呆れている。
『あんたさあ……そりゃ普通に考えれば不思議だけど……本当に気付いてないの?』
「な、なあに? なんかもっとすごいヒミツがあるのかなっ!?」
『うう~ん』
スピーカの向こうのエンケラティスは酷く逡巡したように唸っている。
『ま、まあ、その、つまり、イオってコは悪いコじゃないし、あんたのことが、その、たぶん、少し、す、す、好きなんだと、お、思う』
「うん♪ わたしもイオのこと、だあい好きだよっ♪」
それからカリストは少しだけ小声で付け加える。
「でもねぇ、わたし、エンケラティスのが……だあい好きかなっ?」
『なっ!? バ、バカっ! なに言うのよ! バカぁ! じゃあオヤスミ!!』
「えへへ~♪ オヤスミなさ~い♪」