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KallistoDreamProject  作者: LOV
その3:共鳴しない娘、やがてすべてが一点に
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第32話

 幼女の声は少しばかり狼狽しているエウロパに気を配ることなく、一方的に話し始めた。

『あなたがカリストを救えない理由は明確……何よりまず保全権限が与えられていない。もしかしたら、それを承知で突貫するつもりだったのかもしれないけど、何にせよ残念だけど、あなたは“カリストの内側”には絶対に入ることができない』

「絶対に……? なぜ?」

『愚かしいわ、可愛らしいエウロパ。私が絶対に入れないと言ったからには絶対に入れないの。私が入ることを赦さないから。なぜも理由もないわ。説明するのも愚かしい』

 どこかしら傲岸な幼女の声に対して食い下がるのも気が引けたが、カリストを救う手段があるならば多少の不興を買うのもエウロパは承知だった。

「なら、あなたの気持ち次第で私は“カリストの内側”に入ることは可能ということ?」

『私を懐柔しようというの? あなたが? この私を?』

 幼女の声色は多少の怒りというか、憤慨の響きがあった。一瞬エウロパは勇み足だったかと後悔したが、しかし、その声にはなぜか憐憫の色も伺えた。

『……私の胸三寸でそうできないこともないけど……残念だろうけど、それはしない』

 そして僅かに嗤いを含んだ声で続ける。

『違うラインで創られたあなたとカリストでは、リンク同期を取るために使われる乱数のパターンが僅かに異なっている。私なら円周率から乱数の創出パターンを逆算して割り出せるけど、さっきも言ったようにそれはしない』

「リンク同期の乱数パターン……」

 22世紀になっても、コンピュータが有限数の中で真に不規則な乱数を捻り出すのは案外と難しいことだった。そのため、バイオロイドには円周率を基にした乱数創出用のパッケージ化されたエンジンが搭載されているのだが、どうやらそのことを言っているのだろう。バイオロイドはその乱数を基数にして内部同期を取っているのだが、外部から「内側」にリンクするには、その内部同期に歩調を合わせる必要があるのだ。

「私がダメだとして、誰がカリストを……?」

 なおも食い下がろうとするエウロパであったが、幼女の声は今度は特に憤慨した様子もなく、訥々と続けた。

『もしバイオロイドにも運命や宿命というモノがあるのなら、それは人間のそれと同じく、生まれながらに決まっているわ……残念だけど、あなたはカリストに選ばれることはなかったし、あなたもカリストを選ぶことはなかった。あなたたちは固い絆で繋がってはいるけれども、互いを強く結び合うほど近くはない。それを切り貼りすることは誰にでもできることではないし、それを断じて行おうとする者は冷たい戒めを背負うことになるわ……それはあなたが行うべきではないし、カリストも決してそれを望まない』

 まるで暗示めいた言葉にエウロパは戸惑いを隠せなかった。

「あなたが何を言っているのか私には良く判らない……」

『もうこれ以上、会話を続けても意味はない。あなたには充分過ぎるほどの説明をしたし、私はあなたとの会話に飽きてきたの。それではごきげんよう、愚かしくも可愛らしいエウロパ。あなたはあなたのいるべき場所に、今は還らなくてはいけない』

 幼女の声は一方的に会話の終了を宣告し、それと同時にエウロパは自分の意識が現実世界に引き戻されようとしているのを感じた。見渡す限りの草原や頭上に輝いていた満月が、光の奔流の中に滲んで融けていく。

「ま、待って……!」

 自分の発した声色が想像以上に悲痛だったことにエウロパは驚く。カリストを助けるためのさらなる明確な手がかりを求めたいという気持ちと同時に、なぜかこの場所を離れがたい気持ちになっていたのだ。もっとハッキリと言うなら、決して無分別に友好的だとは思えない幼女の声に、なぜか強く惹かれていたのだった。

「カリストを……私たちはカリストを助けることができるの……!?」

『……あなたたちの友だちを想う気持ちは痛いほど判っている……なにひとつ間違ってはいない……きっとカリストは大丈夫だから安心して……』

 滲んでいく風景の向こう側から、囁くような優しい声が聞こえた気がしたが、それもすぐに途切れ途切れになり、すべてが混然と融け、遠ざかっていった。



 僅かに意識が途絶したと思った瞬間にエウロパは「現世」に還ってきていた。カリストの意識の中にダイヴを試みてから時間にして僅か数秒にも満たない刹那の出来事だ。エウロパはハッとして自分の頬に触れ、そこが微かに濡れていることに気付く。

「…………」

 エウロパは今し方の邂逅を後悔した。こういうのは自分向けではないと思っている。あの幼女が言ったように、友情や愛情で世界をひっくり返せるほどには変えることができないと思っている。自分は優秀な兵士ではあるけども、カリストやイオのような夢想家ではないし、こういうのはあのふたり向けだ。

 とは言え、漠然とではあるがカリストを救う手立てを得たことには満足していた。エウロパ自身は自力でカリストを救うことを不本意ながら諦めるより他ないが、何となく、ハッキリした根拠はなかったが、カリストは助かるような気がしてきた。カリストを助けることができるのは、おそらくひとりしかいない。彼女は確実に来る。

 エウロパはコネクタ類を外すと立ち上がり、東の地平を見つめる。

「……最後にカリストを救うのは、やっぱりあなたの役目みたいね」

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