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KallistoDreamProject  作者: LOV
その3:共鳴しない娘、やがてすべてが一点に
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第29話

 カリストは意識の海にフヨフヨと漂っている。薄ぼんやりとした上も下もなく無限に散大する空間の中、光波のような「揺らぎ」に揺らされて浮かんでいるような気分だ。当初は自分が死んでしまったのかとも思ったが、どうやらそういうワケでもないらしい。自分の手を見ようと意識を傾けると、そこには「自分の手」に関するあらゆるソースコードが延々と感じ取れるばかりで、実体がない。そういう事情から、カリストはここが自分の意識の内側、計算と数値だけで成り立っている「理論上のカリスト」なのだと理解した。

 自分の意識の中を「内側から覗く」というのはバイオロイドにとっても奇妙な感覚である。意識を向ければ、自分の中でどのようなライブラリからデータが参照され、どのようなコードが走り、どのように処理されていくのかが判る。こうしている間も、自分が自分の中で自分の意識のどこに自分の意識を向けているのか(それは本当に奇妙なことだ!)、その処理も常に並行して行われているわけで、そのコードも走っている。そのコードに意識を向けると、さらにもう一階層上で同じようなコードが走り出す。カリストは軽く混乱したが、軽く混乱するコードも走り始めたため、意識的に深くは考えないようにした。言わずもがな、意識的に深くは考えないようにするコードが走る。

 カリストはふと思い付いた。自分で自分のコードを書き換えることはできないかと考えたのだ。そうすれば、少しグウダラな部分を直したり、もう少し慎重な性格になれるかもしれない。カリストは自分の性格や性質に関するライブラリに意識を向け、そこに「わたしは実はそれなりに勤勉で慎重である」「わたしはどんな状況でもイオを信じ愛し続ける」「わたしはお菓子が多少足りなくても我慢できる」などの一文を付け足してみた。書き込み自体は簡単で問題なく成功したようだったが、そのコードは意識するよりも早くライブラリの底に沈殿し、見る見るうちに埋没してしまった。どうやらカリストが考えたほどには単純なものではないらしい。そもそも、カリストは元から「それなりに勤勉で慎重」な部分もあるにはあるのだ。


 今や物質界から解放され、いわば「電子的幽霊」になったカリスト。ひとつの処理を最低でも秒間1億5000万単位に並列処理しているバイオロイドの意識の中では、(あくまで理論上だが)1秒は1億5000万秒に等しい……つまり約41666時間、つまり1秒は現実時間の約1736日ぶんである。もちろんこれは「バイオロイドがそう望めば」のハナシであり、カリストのようにノホホンとしていれば1秒は1秒として過ぎていく。すなわち、突き詰めて考え事をするのであれば、瞬きひとつの時間の内に数年分の思索を巡らすこともできるということだ。現実時間の30分ばかりを費やせば、もしかすると悟りの境地に達することも可能かもしれないが、どだいカリストにはムリなハナシである。

 そんなことよりも、常識はずれに処理がスレッディングされているため、カリストは自分自身が何十万人もいるように感じてさえいた。何十万人(あるいはそれ以上)も存在するカリストは、それぞれが独立した思考を持ちながら、それぞれが互いに重なり依存し合い、結果的にひとつの人格を形成しているのだが、オリジナルやコピーなどという次元のハナシではなく、いずれもまったくカリストそのものなのだ。物質界に存在する「バイオロイドのカリスト」は、この無数にいるカリストの「入れ物」であり「入出力装置」ということになる。この事実を受けて大半のカリストは素直に「スゴイねぇ♪」と考えるが、中には「そっかなぁ」と素っ気ない感想を述べるヘソ曲がりなカリストもいる。しかし、多数決の結果、最終的には「スゴイねぇ♪」という結論に達するのだ。このようにして素直で幼稚なカリストの性格が紡ぎ出されているのである。イオなどはもっと複雑にせめぎ合っているのだが、それはまた別の話だ。


 さて、大半のカリストがボケッとしている最中にも、依然としてカリスト(の最も勤勉で真面目な部分)は例の「声」と対峙していた。「声」はカリストが望むと望まざるとに関わらず、なおも一方的に囁き続ける。



――あなたは、あなたが何のために創られたのか知らない。知ろうともしない。手を尽くして知ろうと思えば知り得る機会があったのに、それを投げ捨て、見向きもしなかった……。



 もっともだ、とカリストは思う。ヴァレンタインを問い詰めれば、あるいは他の手段でもって何かを知ることができたのはカリスト自身も判っていた。もっと以前……それは自分がバイオロイドであることをイオに知らされるよりも以前から続くカリストの悪癖であった。普通の人間の少女としては明らかに不自然な自分を取り巻く環境や自分自身という存在に疑問を感じながらも、イオ(当時はエンケラティス)の手前を憚って、それをクチに出そうとはしなかったのだ。

 ……正直、それも少し違う。イオを気遣って訊けなかったというのは単なる建前だった。カリストは周りが思っている以上に自分のことが良く判っている。自分が、自分で思っているほどアタマが悪くもなく、そこまで天真爛漫でもないことが。


 カリストは薄々気が付いていた。自分が何のために創られたのかは判らないけれども、それなりにロクでもないこと・・・・・・・・のために創られたような不吉な予感は常に感じていた。意志を持って以来、ずっと感じている。だからカリストは自分を護るためにずっと少しだけ自分にウソをついてきた。自分の中に沸き起こる疑念に、予感に、そして囁き続けていた「声」に、気付かないフリをしていたのだった。



――やっと私と向きあってくれるの?



 カリストに囁きかける「声」。それは紛うことなきカリスト自身の声。

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