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KallistoDreamProject  作者: LOV
その3:共鳴しない娘、やがてすべてが一点に
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第28話

 カリストは未だかつて一度たりとも、一瞬たりとも、自分が「不幸せ」だと思ったことはない。そもそも毎日をノホホンと暮らしている身分でありながら自分の境遇や有り様を嘆くなどとは道義的に考えて噴飯モノではあるが、そんな気後れや慎ましやかな感情からではなく、カリストは正々堂々と心底から自分が幸せな存在だと考えている。

 衣食住が与えられ、僅かな仕事を得て、大好きな友だちや楽しい人たちに囲まれて穏やかに生活する……そこには華美さや優雅さなどはないけれども、病気をするわけでも路頭に迷うわけでも人生を捨てたくなるような額の借金を抱えるでもなく、ただ平滑で緩やかな時間の流れがあって、良い意味で夢も希望もない、朝日が昇って夕陽が沈むような当たり前の現実の暮らしがある。そんな毎日をカリストは愛していたし、本当に幸せなことだと思っていた。こんなことをイオに言うと「あんたには最新の“シアワセ回路”が搭載されてるのよ」などと、しみじみ呆れられるのが常なのだが、そうやってイオが揶揄してくれることさえも愛おしく幸せなことに思えた。何よりメンテナンスフリーでも数百年は稼働できるとされる最高性能ロボットなのだから、人間のように老いや死を畏れる必要がないのは大きい。

 なので、時々理不尽に酷い目に遭わされるようなことがあっても、それはたまたま運が悪かっただけで、特に何の意味もないことだと考えている。だが、実際問題、カリストは相当に酷い目に遭っているのだ。何より自分のことを人間だと思っていたのに実はバイオロイドだったなどというのは最たるものである。これはまったく尋常のことではない。しかしカリストは持ち前の前向きさと大らかさで、この冷たい現実をアッサリと受け入れてしまった。得体の知れない連中に襲われたり、跳躍爆雷の直撃を受けて身動きできなくなったり、そういうのもカリストにしてみれば少しだけ運が悪いだけのことであり、決して自らの幸せを毀損したり否定するような大それた出来事ではない。自分が半死半生になる……その程度のこと・・・・・・・で、カリストの幸福感は揺るぎはしないのだ。

 カリストは自分の「不幸せ」について考えたことはないけれども、もしカリストの不幸せがあるとすれば、それは「今」が途切れ、時間の流れが永遠に滞り、世界と隔別されてしまうこと、それだけなのだ。だからカリストは薄いムネを張って言える。わたしが生きている限り、わたしはずうっとシアワセ。



――あなたは本当にそう思っている?



 カリストの意識の下で鈴のように玲瓏な声が囁く。



――その「当たり前の幸福」が「当たり前に与えられ続ける」ものだと?



 だが、カリストの幸福はカリストが自分で見出した幸福でもある。誰もがカリストと同じ境遇で同じように幸福を感じることができるわけではない。なぜなら、カリストは決して「完全無欠に幸福」な暮らしをしているわけではないからだ。何度も言うように、おカネをたくさん持っているわけでもないし、酷い目に遭わされることも多い。その痛みと痛みの間にある僅かな日常にカリストは自力でささやかな幸福を感じ取っているに過ぎない。



――ただ座して死を待つような毎日、それを「当たり前の幸福」だと信じ込んで、これからも生きていくつもり?



 そんな毎日をカリスト自身も芳しい状況ではないとは感じていたが、だからと言って、自分でどうのこうのできるような気はしない。何より、そんな毎日に安心し満足しているカリストは積極的に大きな変革を望むようなことをやめてしまっている。自分のできる範囲で何かを成し得たいと気概もあるにはあったが、具体的にどうすれば良いのかいまひとつ判らないし、それを理由にして明日へ明日へと引き延ばしている感もあった。それ以前に、そんなグウダラな自分をまず変えるべきなのだろうが、カリストの性格上、なかなか難しいことだ。



――それなら、残念だけど、やっぱりあなたは何も変われないし、変わらない。あなたは死ぬまで何も判らないままの「幸せな奴隷」でいるしかない。



 それにしても、「声」は何とも痛いところを突いてくる。どこの誰かは判らないが、イオですらここまで無遠慮な物言いはしない。自分の境遇を他人のせいにすることを嫌うカリストではあったが、さすがに自分自身ではどうにもできない部分の多い生活なので、「声」の言うことすべてを素直に聞き入れる気にならなくなってきた。



――耳を塞ぎたいなら塞げばいい。あなたの思うようにすればいい。でも、知るべきことから耳を塞ぎ続けた結果が今の状況を作ったとは思わない?



 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。そんなことは誰にも判らない。素直なカリストは出来事をあるがまま受け容れ納得する。結果は結果でしかない。どんなに素晴らしい人生を送ったとしても、最期の瞬間で失望を味わうこともあるだろう。その逆もあるだろう。だからカリストは後悔をする習慣を持たないのだが……よく考えたら、それこそが「声」が言うところの「幸せな奴隷」状態だ。



――私は、あなたが知らないあなたの秘密を知ってる。あなたがもし、それを知りたいというなら教えてあげることもできる。それを知れば何かが変わるかもしれない……。



 それを知れば何が変わるというのだろう?

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