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KallistoDreamProject  作者: LOV
その3:共鳴しない娘、やがてすべてが一点に
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第26話

 それにしても救援の遅さにエウロパは閉口する。自分を狙ってきていた敵の狙撃ポイントは僅か3km程度離れた場所だったはずで、そこをガニメデが急襲して脅威を排除したのであれば、もういい加減、こちらへ向かってきているだろうし、到着していても良いはずだ。しかし、ガニメデは到来しないどころか目視圏内に人影ひとつ見当たらないのである。

 同胞が必ず助けに来ることは盲信と呼べるまでに確信していた。だが、今すぐにそれが得られないならば、やはり早急に独力でカリストの保護保全に努めるほかない。エウロパはカリストの耳元を探り、手際よくピアスコネクタを引き出すと端子をMTに接続し、バイオロイドのメンテナンスモードを起動する。バイオロイドの保全権限を持っていない身分なので大がかりなことはできないが、それでも何もしないよりはマシだろう……保全権限を与えられていれば直接的にカリストと接続して精密な状態管理も可能なのだが、その権限を与えられているバイオロイドには会ったこともないし、存在を確認したこともない。

 MTを覗き込むエウロパの表情が厳しくなる。カリストに搭載された4基ある対消滅炉バニシングモータのうち、2基が内熱過多で実質的に停止してしまっているのだ。いわゆる完全な「片肺」である。幸運にもこれは熱でピストンやシリンダが変形したり焼き付いてしまったためではなく、内熱を少しでも軽減するために故意に制御されたセーフモードに切り替わっているためである。保全権限の有無に関わらず、この対消滅炉の燃調は、にわかには信じられないほどに悪魔的な次元での繊細な調整がなされているため、何者も触れることを許されてはいない。仮に、制御を失った対消滅炉が「暴走」を始めた場合、どのような顛末を迎えるのか、その終息手段も含めて、それを真に理解している者もいないのだ。

 まったく動けなくなっているカリストではあるが、一応は生きた状態……いわば「昏睡状態」で安定していると言える。しかし発電量が上昇しない限り冷却に必要な充分な量の窒素や希ガス類を抽出することができないため、やがて内熱は飽和し、対消滅炉は焼き切れてしまうに違いない。炉が「暴走」するよりも遙かにマシな最期であるが、結果的にそれはカリストの「死」を意味する。

「とにかく今は消費電力を少しでも抑えて抽出炉を安定させないと……」

 一般的なメンテナンスモードで制御できることは限られているが、とりあえず気を失っている現状のカリストに不要と思われる機関や機能を一時的に遮断していくしかない。ほとんど消費電力の増減には寄与しないだろうが、視聴覚機能や常駐の入出力機関のチェックを外してみる。どうせ気を失っていて脱力しているのだから全身の動作を制御しているリニアリールの稼働を遮断できれば相当な電力を稼げるはずなのだが、これはメンテナンスモードの一般権限を越えた部門らしく、残念ながら触ることができなかった。

「……これで0.49%の電力を削れたわ……ほとんど意味が無いように見えるけど……」

 僅かに絞り出した余剰電力を抽出炉の稼働に回してみるが、最も容易に抽出できる窒素でさえ、普段の抽出量の10%未満だ。それでも内熱が飽和して対消滅炉が停止するまでの猶予を、時間にして5秒ばかり先延ばしにすることができた。エウロパが思うようにほとんど無意味なような気もするが、何もしないでいるよりも遙かにマシなのだ。



 現場で待つエウロパとカリストのために、ガニメデは救急車の赤色灯を回し、時に道路を逆走し時に先行車をパッシングしながらアウトバーンへ昇るランプを目指す。交差点に進入する際には、助手席のイオが鬼気迫る表情で「カリストの敵」と言わんばかりにサイレンのスイッチを連打していた。

「そこっ! さっさと道を空けなさいよっ! 偉大なドイツ人の遵法精神はどうしたのよっ!?」

「いや、そんなに熱くならなくても……」

 さすがのガニメデも殺気立ったイオの剣幕に鼻白む。ガニメデが思うに、やはりイオとカリストは互いに特別な存在なのだろう。同胞を救うためならば、真剣に、真摯な姿勢で事に当たりはするけれども、我を忘れて激情に突き動かされるまでの愛着を他者に感じる自信も、そんな対象も、ガニメデには無い。

 だからと言って格別にイオとカリストが羨ましいかと言えば、そういうワケでもない。何もイオとカリストに限ったハナシではなく、互いに「そういう関係」になった際に抱え込むことになる苦悩や気苦労の多さに、憐れみにも近い心情と同情を感じてさえいた。その気苦労もろもろ……それをヒトは「恋愛感情」と呼ぶ慣例になっているのだが……それを(現時点では)感じることのないガニメデは、自分を気楽なものだと思う。

 そもそも……ガニメデは助手席でワアワア言っているイオをチラリと見ながらハンドルを切りつつ考える。そもそも、バイオロイドは、ロボットは、「恋愛感情」なんか感じて良いのだろうか? ガニメデは深く考えることもなく感覚的に「イオとカリストの恋愛(らしきモノ)」を是認していた。だが、それはロボットに本当に必要な要素なのだろうか……?

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