第8話
イオにケーキを食べさせてあげることができ、また、それなりに好評だったような感触にカリストは取りあえず満足した。
「でももっと仲良しになりたいなぁ」
『……そ、そんなに気を使わなくたってイイわよ……何もしなくっても、そ、その、もう充分に仲良しなんだから』
「エンケラティスってば、ときどきイオの気持ちが判るみたいな言いかたするねぇ」
『単に……あんたが鈍いだけだと思う……』
「そだよねぇ……わたしってば、こんな気持ちになるの初めてだから良く判んないや……エンケラティスがイロイロ教えてくれるから、とってもとってもウレシイよっ♪」
カリストにとってエンケラティスは初めての親友であると同時に、現在知る限りの唯一の「身内」とも言える存在だ。その意見はカリストが頼りにできる数少ない指針となる。
「そゆえば、やっぱし“施設”のこととか、イオに言ったらダメなのかなっ?」
『まあ、そのコになら言っても大丈夫……だと思うけど、あんた気が緩むと何でも誰にでもペラペラ喋っちゃうからね……やっぱり秘密にしたほうがイイと思う』
「イオとおトモダチになれたのはウレシイけど、やっぱしエンケラティスに会いたいなぁ……エンケラティスとだったら何でもオハナシできるのになぁ……」
『…………』
それから数日後、カリストは森でキノコ狩りをした帰りに喫茶店に立ち寄ってみる。というのも「面白いものがあるから来てみたらイイ」とオーナーからMTにメールが入っていたためだ。
「まいすた~♪ あっそびにきったよ~♪」
「おう、来たか。ほら、見てみろ」
そう言ってオーナーが指し示した先には、カリストと同じメイド服を着た少女が立っている。
「えと、新しいバイトの女のコ……かなっ?」
自分以外にも何人かの女のコがバイトしに来ていることをカリストは思い出した。カリストは女のコに向かってニコッと笑顔を向けてからオーナーに耳打ちする。
「まいすた~。……女のコのこと“面白いもの”だなんて言ったら良くないよっ……?」
「あ、やっぱりそう思うか? ははは、たいしたもんだ」
オーナーは納得したように頷いて、少し混乱しているカリストに言う。
「いやな、あれ、彼女はロボットなんだよ」
「んええ~!?」
お世辞抜きで大袈裟に仰天するカリスト。
「ぜんっぜん気が付かなかったよ~!?」
「俺も驚いたよ……最新モデルがここまで人間っぽく見えるなんてなあ」
そのメイドロボットは、先日カリストがニュース記事で見たものと同型機だった。年齢は18歳くらいだろうか……メイドロボットとして設計されたためか、落ち着いた雰囲気で、どちらかというと少し地味だが清楚な顔立ちだ。
カリストは恐る恐る近寄って間近で観察してみるが、メイドロボットは近寄ってきたカリストに少し視線を向けると軽く笑顔さえ浮かべた。
「……オハナシできるのかなっ……?」
「少しな。自律学習機能とかいうのが搭載されてて、構えば構っただけ人間っぽくなっていくって話なんだが……もちろん限界はある、らしい。俺も詳しいことは判らんのだ」
オーナーは百科事典か電話帳かというほど分厚いマニュアルの束をカウンタに放り投げる。
「実は知り合いにロボットメーカの人間がいてな、実地テストを兼ねてタダで貸してくれたんだ」
「……こ、こにちは~♪」
『こんにちは。何かご用ですか?』
カリストが話しかけると思いのほか人間的な口調でメイドロボットは挨拶を返してきた。従来機に比べると、明らかに言葉の抑揚も表情も洗練されており、まったく自然そのものである。
「ふわあ~♪ カワイイ♪ 触ってもイイかなっ?」
カリストの問いかけにメイドロボットは少しだけ内部処理に時間を費やした……カリストが女性で子供で危害を加えるような意思が感じられないと判断したのか、優しく頷く。
『はい、よろしいですよ』
「やた~♪ えへへ~♪」
カリストはメイドロボットの手を取るとスベスベと撫で回してみる。
「柔らかくってあったかいねぇ♪」
「残念ながら“男性向け機能”は搭載していないし、そのテの行為は拒絶するらしい」
地味にシモネタを呟くオーナーであったが、カリストには聞こえていないようだった。
「ギウギウって抱きついてもイイかなっ?」
『はい、よろしいですよ』
カリストは思いっきりメイドロボットの腰に両腕を回して抱きすがり、そのムネに顔をうずめた。
「……おムネかた~い……」
「柔らかいのはオプションらしいけど、えらく高価なんだよ……大きさは、無・微・貧・並……」
「お名前は何てゆのかなっ?」
「ああ、それなんだ。そのためにお前さんを呼んだんだよ。なんか良い名前を付けてやってくれないか? 俺は実の子供に名前を付ける時も、結局ジィさんに頼んだくらい名付けが苦手でなあ」
「んう~んう~」
カリストは少し考える。
「フロッシュちゃん!」
「いくらなんでも可哀想だろう……それじゃ」
「じゃあねぇ……ハンス=ウルリッヒちゃん!」
「そりゃお前さんが尊敬してるとか言ってたパイロットの名前じゃないか……しかも思いっきり男名前だし、何より俺の名前と被ってるからダメだ」
「まいすたの名前って、ハンスなのかなっ?」
「そうだよ、ハンス=ヨアヒム」
「ふぇ~。知らなかったよ~」
まったくカリストの思考には落ち着きがない。
「そいじゃ……ヴェルンヘア・マグヌス・マキシミリアン……」
オーナーは今さらながらカリストに名付けを任せることを断念した。賢明な判断だ。
「……もういいよ。よし決めた! もう面倒だからメアリでいいだろう」
「んう、まいすたズル~イ」
『それでは私の名前は“メアリ”でよろしいですね?』
「うむ。かのアガサ・クリスティもメイドに最も似合いの名前だって言ってたしな。お前さんの名前は今日からメアリだ」
「えへへ、良かったねぇ♪ メアリ♪」
カリストが笑ってメアリの手を握ると、メアリもニコリと笑顔を返した。
『はい、ありがとうございます』
『……あんたってさ、その……女のコったら、まずムネに視線が行くわよね……?』
「カワイイ女のコのフカフカおムネだあ~い好き♪」
『……そこまでハッキリ言い切られたら返す言葉も無いわ……』
「?」