第21話
今なお熱気を放つコンクリート片と土塊を手で掘り返しながらエウロパはカリストを捜した。もちろん呼べど叫べどカリストからの返事はない。心配ではあるが、高熱とはいえアセチレンガス爆発程度の熱でバイオロイドが影も残さずに蒸発するはずはないし、壕内での爆発なので遠くに吹き飛ばされたとも考えにくいため、カリストは必ず地中に埋まっているはずなのだ。
「うっ……熱が……」
万遍なく高熱で灼かれたクレーター内は、人間なら息も吸えないほどの熱気が立ちこめている。間断なく熱に晒されながら地面を掘るエウロパの内熱処理は捗らないどころか、ジリジリとその温度を上げつつあった。だが、まだ限界には少し猶予がある。
「それまでにカリストを捜し当てないと……」
今すぐに急いで待避して数十分ばかり安静にしていれば回復は容易だが、その数十分の内に自分以上に熱を持ってしまっているであろうカリストが焼き切れてしまうかもしれない。と言うか、試算では今すぐに発見できたとしてもカリストは相当なダメージを受けている可能性が高いのだ。
「カリスト……どこ……!」
土を掻く手にチカラが入らず、焦りばかりが募る。自分の背中から排出される排気が必要以上に喧しく感じられ、エウロパは思わず端正な顔を歪めて吐き捨てた。
「排気……ウルサイっ……!」
それは天佑だった。思わぬ名案にエウロパは涼しげな気分になった。排気音に苛立ち、それを煩く感じた自分に拍手を送りたい気分だ。
「……カリストがまだ生きているなら、強制冷却のための排気をしているはず。それを見つければ……」
カリストの排気音を聞くためには自分の強制排気を一時的にでも停める必要がある。もちろん、それはエウロパにとって危険な行為であった。対消滅炉の炉内温度は平時でも数千℃に達しているが、大量の熱を抱え込んでしまっている今、冷却を停止すれば炉温は爆発的に跳ね上がるだろう。だが、数秒間なら何とかなるかもしれない。
バイオロイドはバイオロイドを決して見殺しにはしない。たとえ共倒れになる可能性があったとしても(そして、その可能性が決して低くなかったとしても)、同胞を救う手立てを持ちながら同胞を見捨ててまでして生きていくのはバイオロイドとして最も忌避すべき罪悪なのだ。
「イオも、ガニメデも……誰だって、きっとこうするに決まっているわ……私はカリストを助けなくてはいけない」
正直、カリストのことは良くは判らない。数日前に、ほんの少しだけ話しをしただけで、イオのように深い関わりがあるわけでもない。むしろカリストを陰ながら護るという面倒事を会社から押し付けられている気がしないでもない。当のカリストなど、そんなことなど露ほども知らないままノホホンと暮らしているのだ。普通なら腹が立ってくるだろうし、実際問題、エウロパは軽く憤慨さえしていた。しかし、たとえ報われることのない職務であったとしても、否、「職務」などという義務感や報われる報われないの次元で捉えるような物事ではない。カリストが何であれ、大切な同胞、血と肉を分けた姉妹であり友だちなのだ。それを護ることに命を賭けるのは当然のことだとエウロパは考える。
よく判らない「何か」に縛られているのは重々承知していた。その縛めから決して逃れられないことも判っている。それでも、そんな「何か」に縛られていなかったとしても、エウロパはカリストを助けたいと願う。
エウロパは地面に顔を近付け、耳を澄ましながら自らの強制冷却と排気を停止する。停止したと同時に赤々とアラートが表示され、グラフィカル化された油温計や炉内温度計の指針が冗談のような勢いで上昇を開始した。
だが、確かに聞こえる。地面の中から漏れてくる、か細く頼りなげなカリストの「吐息」をエウロパは聞き分けた。
(……いる! カリストは生きて、そこにいる!)
カリストが吐き出す強制排気の音源はエウロパのいる場所から数メートルは離れた場所にあった。可能な限り正確な位と深度を計測し、エウロパは転がるように四つん這いで進み、自身の強制冷却を再始動を待たずに凄まじい速度でウサギのように地面を掘り始めた。
「カリスト……! カリスト!」
その名を呼びながら数十センチばかり土とコンクリート片を掻き出すと、カリストのものと覚しきブーツのソールが覗く。予想はしていたが、どうやらカリストは爆圧に押し込められるようにして俯せで地面に潜り込んでしまったのだろう。そのまま掘り進むとブーツに続いて土と煤で汚れた白いフクラハギも見えてくる。エウロパは土を掘る手を止め、グローブを脱ぐとカリストの脚に触れた。
カリストのフクラハギは凄まじい熱を持ってはいたが、人間で言うところの心臓の鼓動に相当するバニシングモータの脈動が感じられた。それは通常では有り得ないくらい遅く弱々しいペースではあるが、カリストの生を確実に知らしめるものだ。少なくともカリストは脚と胴体、バニシングモータを制御している頭部も繋がった状態で埋まっている。
「カリスト……! すぐに出してあげる……!」
エウロパは顔を擦って、懸命に土を掻く。フクラハギ、フトモモ、華奢なカラダの割に意外とふっくらしたお尻まで見えたところで、重々しいコンクリートの一枚板がカリストの上半身に覆い被さるように埋まっていたが、エウロパは中腰に立ち上がると、小さな気合いの吐息と共に放り投げるようにして一気にはぐり除けた。
「はあ……はあっ……!」
熱に晒され表面が軽石のように多孔化していたコンクリート壁だったが、決して軽くはなかった。それを持ち上げ脇に倒すと、ついに耐えかねてヒザを突くエウロパ。ムリを押し通し、もう熱処理も追いつきそうにない。
「カリスト……すぐに……涼しいトコロへ……」
カリストは意識もなくグッタリと、しかし五体満足で土の中に横たわっている。顔を煤で汚し苦しそうに浅く速い呼吸をしている。エウロパは残るすべてのチカラを使い果たす覚悟でカリストを仰向けに抱きかかえると、カリストともども自分のカラダをも引き摺るようにしてクレーターの外へ向かって這い出すのだった。
『やるわね、エウロパ』
「ここんとこ、ずっと出ずっぱりだねえ♪」
『あんたは久々に出てきたと思ったら死にかかってるわ』
「わたしってば、ヒロインだからだいじょぶ~♪」
『まったく気楽よねえ、あんたって……長生きするわ……』