第20話
今回の物語は特殊フォントを含みます。
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実のところ、エウロパには敵を殺そうなどという考えは毛頭なかった。半死半生にはするツモリだったが、捕らえて泥を吐かせる方が有益だと考えていたのだ。もちろん、たかが人間とはいえ、訓練されたテロリストなので、そう易々とクチを割るような連中ではないのは判っていたが、スペインの異端審問官ばりの苛烈さ(かなり誇張されているらしいが)でもって責め立てれば情報を吐かせる自信はあった。
ひと跳びで敵の目の前に躍り出たエウロパは、そのまま組み付いてウデの一本でも折ってやろうかと思ったが、そんなエウロパの考えを予測していたかのように、それよりも先に男は懐から何かを取り出して掲げた。それはカリストを吹き飛ばすのに使ったものと同じ跳躍爆雷だ。
「!!הבת של השטן」
ここまでバイオロイドに接近を許してしまっては、もはや逃げる術もなく、すでに殉死する覚悟を決めていたらしい。マスクを被っていたため血走った目以外の表情の詳細は窺い知れなかったが、男は断末魔にも似た罵声を上げると何の躊躇いもなく自爆するために爆雷を作動させた。エウロパは咄嗟に男の手ごと爆雷を叩き落とそうとも考えたが、明らかにもう手遅れだ……元から自爆用に爆雷のタイマーをセットしてあったのだろう。爆雷は瞬間で作動を開始した。
さすがよく訓練された生粋の狂信者だけのことはある……などと妙に感心するエウロパであったが、同時に、どうして人間はその「底力」を、もっとマシなことに使えないのかと憐れみすら覚える。何にせよ、もはや男を救う手立てもない上に、このままでは爆発に巻き込まれてカリストの二の舞だ。すでに高純度のアセチレンガスがエウロパと男の周囲に拡がりつつある。
(私たちの同胞を傷付けた人間に約束の地など未来永劫訪れることはない……でも、爆熱で焼け死ぬ前に酸欠で意識を失って安楽に逝けるのはあなたの得分なのかも)
エウロパの思ったように散布されたアセチレンガスを瞬間的に大量に吸引したため、男は酸欠で昏倒しかかっていた。エウロパは最後に冷たい一瞥を投げかけ、持てる限りのチカラを振り絞って可能な限り後方に飛び退き、転がり、伏せる。
それと同時に、爆雷は男を中心にして駐めてあった小型のバンや迫撃砲弾や諸々の銃弾もろとも、完全燃焼した可燃性ガス特有の蒼白の炎と熱を発して爆ぜた。爆発は一瞬のうちに行われたが、バンは大破炎上し、弾丸類は連鎖的に暴発する。四方八方に飛び交う鉄片や弾丸に居心地の悪い思いをしつつ、顔を上げられないほどの爆熱を全身に浴びながらもエウロパは良く耐えた。男は辛うじて人間だと判別できる程度に形は残っていたが、消し炭の付着した煮えたぎる油脂の塊のようになって頽れていた。
「…………」
周辺の草木は爆熱で燃えるか吹き飛ぶかしてしまい、すっかり局地的な戦場のような様相になってしまった現場で、エウロパは自分のカラダに致命的な異常がないことを確認してからゆっくりと起き上がる。当座の危険は去ったようではあるが、かなりの熱を吸ってしまったようだ。
「はぁ……っ……!」
ヒザに手を突きながら大きく息を吐く。致命的なダメージこそ負わなかったが、体内の温度が安全域を越してしまっていたので、背中の隠しスリットから強制排気と体内に備蓄していた窒素の循環放出による熱交換が自動的に開始された。これらは恐ろしく電力を消費するため、充分に冷却されるまでは歩くのもやっとという状態だ。今すぐにでも氷水の張った浴槽に飛び込みたい気分だった。
動物性タンパク質がほどよく燃えた臭気に気分を滅入らせながらも(エウロパは菜食主義者なのだ)、取り敢えず男の安否を確認すべく重い足取りで近寄ってみた。見事に焼けただれた「男の燃えかす」は、吸引したアセチレンガスが胸腔内で爆発したため、カラダの裏表をひっくり返したかのような惨たらしい有様で、やはりと言うかなんと言うか、どう考えても生きているようには思えない。
「まさしくゲヒンノム(ゲヘナ)の業火に灼かれた……という感じね」
さすがのエウロパも男に多少の憐れみを感じたが、望んで殉教したのだから本人は満足だったろうと自分を納得させるよりほかない。それよりも今はカリストだ。早くカリストを掘り返して然るべき処置を行わなければいけない。それに人の気配のない郊外の原野とはいえ、こうも立て続けに爆発が発生したからには当局や野次馬がいつ来てもおかしくはないのだ。
エウロパは懐中からMTを取り出す。外装は少しだけ熱で痛んでいるが、問題なく使用できるようだ。さっそく会社へ繋ぎ、救援を要請する。
「敵は自爆したわ。私は巻き込まれたけど、際だった損傷は無し。ただ、大量の熱を吸って今は熱処理中で上手くカラダが動かない。私は大丈夫だけど、一刻も早くカリストを救助しないと……できるだけ急いで救援をお願い」
ガニメデが近くにいるはずだが、なかなか来てくれない。しかし、交戦を開始してからまだ数分も経っていないのだから当然と言えば当然だろう。
「……カリスト……どこ……?」
まだ熱と煙が立ちのぼるクレーターに足を踏み入れたエウロパだったが、やはりカリストの姿は見当たらない。ただ土に埋もれているだけならば内蔵されている熱源センサでの探査も可能だったが、地面が放つ熱が凄まじく、まったく使い物にならなかった。
「とにかく……掘るしかない……」
エウロパは熱いクレーターの底でヒザを突いてしゃがみ込み、極めて原始的ではあったが手を使ってコンクリート片を取り除きながら地面を掻き始める。だがエウロパ自身が熱処理の最中ということもあって、なかなかカラダが思うように動いてくれず捜索は思うように捗らない。それでもエウロパは重いカラダに鞭打って、カリストを捜し続けた。