第18話
イオが執拗に食い下がった結果、ヴァレンタインは嫌々そうながらもエウロパとガニメデの「仕事」について語ってくれた。その言を信じるのであれば、エウロパもガニメデもカリストを外敵から直接的に護る任務に就いているとのことであった。
「エウロパたちが極秘裏にカリストを護ってるっていうの!?」
多くの通行人や観光客が行き来するパリ広場だということも忘れて、思わず語気を強めてヴァレンタインに食ってかかったイオだったが、ヴァレンタインは手をヒラヒラさせながら「まぁまぁ」と制する。
「あまり大声で話すようなコトじゃないよ。一般人に聞かれても問題は無いけど、このハナシを君が聞いたというコトを会社に知られるのは、お互いにマズイからね」
「あ……ご、ゴメン」
ヴァレンタインに釘を刺されたイオは、ボソボソと声を潜めるようにして会話を進める。
「で、でも、そんなハナシは聞いたこともなかったし……それに、前の一件からはカリストの周囲で不穏な動きは感じられないわ。それって本当に信用できる情報なの?」
「うん、まあ。でも、カリストの周囲で不穏な動きか感じられないってのは、それはエウロパとガニメデが事前に食い止めているからだよ?」
「はあ!?」
にわかには信じられないといった感じのイオであったが、ヴァレンタインは手にしていたMTを開くと、そこに記されているデータを読み上げる。
「えーと……前の一件以降、カリストを目的とした攻撃行動は確認できるだけでも38回企図されて、実際に27回実行されているんだ。そのすべてはカリストに接触される前にエウロパとガニメデによって阻止されてる。阻止というか、まぁ、迎撃して倒してると言うべきだろうね」
「……そんな……」
イオは顔を青くしていた。
「それがホントだとすると、何でカリストばかりにそんなに敵が群がってくるってのよっ!? 完全に狙い撃ちされてるじゃない!?」
この期に及んで、自分が(そしてカリストも)何も会社から知らされないまま、「蚊帳の外」にいたということは不思議と気にならなかった。会社が何かと秘密主義的だということは重々承知しているし、その真意を問うことがどれほど無意味なことかをイオは良く理解しているつもりだ。
だが、そこに何か計り知れない意図があることは疑うまでもない。それが何なのか……ひいてはカリストに何か重大な危機や危険が及ぶようなことなのか否か、イオが気がかりなのはそれだけである。
「そりゃ、まあね。カリストは単独で社外にいるから、狙いやすいんだろうね」
「っていうか、エウロパとガニメデは会社の指示でカリストを護ってるって言ったわよね? そこまでして護るくらいなら有無を言わさず会社に引き戻せばイイじゃない? それ以前に会社だってカリストが狙われてるのは把握してるんだから、いくらでも手の打ちようが……」
そこまで言って、イオは恐ろしくイヤな予感がした。考えることすらおぞましい唾棄したくなるような、そしてカリストのことを誰よりも大切に想っているイオにしてみれば悪夢のような予感だった。自分が遠回しに伝えようとしていたことにイオが考え至ったのを悟ったヴァレンタインも、苦々しい表情だ。
「……ねえ、まさかとは思うけど……?」
「……うん、そうなんだ。君の考えてる通りだ」
「でも、どうして……! 何であのコなのよっ!? こんなことに何の意味があるっていうのっ!?」
会社の真意を問うことに意味が無い、そう判っていても納得はできなかった。否、薄々は判っている。だが、それは余りに馬鹿馬鹿しく情けのない事情によるものなのだ。
「改めて説明する必要も無いかもしれないけど……」
ヴァレンタインは動揺するイオを現実に連れ戻すために、敢えて詳細の説明を始める。
「会社は2世紀近くに渡って様々な国の様々な組織から妨害や攻撃を受け続けてる。それは君も知っての通り、会社がナチスの最後の末裔だからだ。“今”がどうとか関係ない。ナチスの末裔である限り永遠に攻撃の対象になるだろう」
「……うん。やっぱり“あの国”が絡んでるのね?」
「間違いなくそうだね。その某国の諜報機関なんだけど……向こうのネットワークやコミュニティも会社と同じくらい歴史があるし、恐ろしく堅固で膨大だ。なにせカネじゃ解決できない民族や宗教に関係したハナシだからね……そう易々とは手を引いてくれない。向こうの大本を叩けば済むかもしれないけど、そう簡単なハナシでもない。2世紀にも渡る意地の張り合いだ」
つくづく人間の所業の浅はかさというか、くだらなさに幻滅するイオだったが、半永久的に生きることのできるバイオロイドと違い、寿命に限りのある人間のことだから仕方がないと言えば仕方がないと諦めるよりほかない。ずっとそうやって人間社会は発展し続けてきたのだし、それが発展の原動力でもあったはずだ。
だが、だからといって、そんな人間の営みのためにカリストを人身御供に捧げなくてはならない「いわれ」は無い。そんなことにカリストを付き合わせる必要は皆無なのだ。
「要は……会社はカリストを囮に使って、敵を誘引してってコトよね?」
「まぁ、そんなトコロだね。警戒心が薄くて戦意の低いカリストは適任らしいんだ」
敢えて隙を見せて誘い込み、個別に粉砕していく……いつ終わるとも知れないが、そうやって敵を炙り出して虱潰しにする算段なのだろうか。ひたすら不毛ではあるが、敵を掌中で転がし続けるのだから政治的には有効だろう。
「言うなれば、カリストを囮にした“ナチの残党狩り狩り”ってトコロかな」
「どうりで……」
合点がいくイオ。自分がカリストの傍らで共に暮らすことや、会社にカリストを連れ戻すことを頭ごなしに却下された理由がこれでハッキリした。しかし、たとえアタマで理解できたとしても、そんな会社の思惑や人間の所業なんかにイオは構っていられる気がしない。そんなことも知らずにホエホエと暮らしているカリストを救わなくてはならない。
「なんだかむつかしい話だねぇ♪」
『なにを他人事みたいにっ!? ……とは言え、これでようやく物語が動き始めたって感じよね……まぁまだ先は長いらしいけど……』
「わたしってば、おとりロボットだったんだね~♪」
『……さ、さぁ……っていうか、爆発に巻き込まれて穴に埋まったまんまよね、あんた』