第17話
今回の物語は特殊フォントを含みます。
ケータイやPCの環境によっては一部が正しく表示されませんことをご了承ください。
エウロパはカリストやイオとは姉妹機であり同世代の柔和そうな少女の態はしていたが、まったく異質の思考の持ち主であった。一見すると愚直なまでに職務に忠実で冷静で理知的、ロボットらしいと言えば実にロボットらしい性質である。しかしその実、拷問に関する本を読んでウットリするなど、カリストですら鼻白むほどの、どこか逸脱した部分があった。エウロパはファナティックな殉教者のように、苦境にあればあるほど「燃える」ような性質なのだ。
さらに、これに関してはエウロパに限ったハナシではないのだが、バイオロイドは総じて気高い。かつてのドイツ軍人気質そのままに、高慢とさえ言えるほどに誇り高いのである。いかに手強い外敵や苦境にあっても、これに屈するなどということはバイオロイドにとって「絶対に有り得ない」ことなのだ。それは、のんきで柔和なカリストであっても根底に流れる思想は同じなのである。
ゆえに、いつ来るのか判らない救援を待って身を隠しているコンクリート塊=自分の身の安全が削り取られていくのをジッと耐えるだけという屈辱を、エウロパは黙って受け入れるわけにはいかなかった。
横たわったままMTを取り出すと、先ほどカリストを探す際に使用した衛星に再びリンクし、即座に狙撃位置を割り出す。思った通り、ここから北に3kmばかり離れた丘の上の物置小屋に敵は潜んでいるようだった。
「……現状、敵から狙撃されてる。今のところ損害皆無。ただし長時間は保たない。カリストは高熱のガス爆発に巻き込まれて安否不明……たぶん死んではいないと思うけど。いちおう敵の座標を送るから、可能なら援護してほしい」
訥々とした口調で会社と通信するエウロパ。ポツダム界隈にガニメデがいるであろうから救援に来てくれることは疑うべくもないが、問題はそれが「いつ」になるかだ。やはり待ってはいられない。
「なら打って出る?」
狙撃地点まで3kmも走る気にはならなかった。そんなことをするくらいなら、カリストの安否を先に確認したい。とりあえずクレーターに飛び込んで、カリストを捜すべきか。
だが、思いもかけない「音」に、エウロパはイヤでも行動を開始しなくてはならないことになってしまった。かなりの近距離でポンポンポン……と、少し間抜けな破裂音が連続して響いたのだ。
「……迫撃砲」
もう逡巡しているような時間は終わりだ。エウロパは直感的に反応し、横たわった状態から即座にダッシュしてコンクリート塊の陰から飛び出した。それと同じくして視界の片隅、遙か彼方で小さな光が明滅する。タイミングを合わせて狙撃されたのだ。細い光の糸が自分めがけて一直線に突進してくるのが見える……迫撃弾の着弾まで時間もない。もう身を伏して回避するのはムリそうだった。
「ふうっ!」
エウロパは短く息を吐き、まるでフィギュアスケートのようにムネの前で両腕を組んで回転を付けながら横様に飛び跳ねる。唸りを上げた対物徹甲弾が髪の毛を掠めながら傍を抜けていった。片足で着地すると同時に、そのまま地面を蹴って再び大きく前方に跳ぶ。
(間に合わ……ない?)
2度目の跳躍の着地を待たずにエウロパの背後、先程まで身を隠していたコンクリート塊の周囲に連続して迫撃弾が着弾し、爆炎を巻き上げながら炸裂した。いかにバイオロイドとはいえ、空中にいる間は自由を大きく制限される。人間には真似のできない圧倒的な機動性能で直撃こそ免れたが、爆風に押さえつけられたエウロパは体勢を崩したまま地面に引き倒された。
強い衝撃は受けたものの、ダメージと呼べるほどのダメージでもない。再び迫撃砲の発射音を感知したエウロパは、息つく間もなく飛び起きてクレーターを迂回するように走り出す。不思議と狙撃される気配は止んでいた。あるいはもしかするとガニメデが到達したのかもしれないが今は確認の術はない。
(迫撃砲の発射点は近いはず)
狙撃との連携が失われた今となっては、緩慢に弧を描いて飛んでくるだけの迫撃砲弾など恐るるに足りない。さっきまで自分が転がっていた地点を目指して白い尾を曳きながら飛来する砲弾の弾道から素早く逆算し、発射点を割り出す。
(見つけた……!)
藪の向こうに小型のバンが止まっており、そこに人の気配がある。戦闘用アンドロイドの仕業だろうと思っていたエウロパだったが、温度分布を見る限り敵は生身の人間がひとりのようだ。特殊部隊が着るような戦闘服を身に付け目出し帽を被った男が、理解を超えた速度で機動するエウロパの位置を捕捉しかねて慌てたように計測用スコープを左右に振っていた。
「死にたくなければ即時投降しろ!」
まだ少し距離があったが、エウロパは猛スピードで藪を掻き分け進みながら大声で警告を発する。
「反抗の意志があるなら殺す!」
殺伐とした言葉を吐きかけながら迫るエウロパに、敵は逆の意味で観念したのか、サブマシンガンを手に取ると何かを叫びながら周囲に乱射し始める始末。
(やっぱりヘブル語ね)
敵が何者なのか概ね理解したエウロパは、まったく怯むことなく交戦圏内に足を踏み入れる。戦闘用バイオロイドにこの距離まで接近を許してしまったら、どのような武装をしていても生身の人間に勝機は無いことをエウロパは熟知していた。
「最後の警告だ! 投降しろ!」
「!!לא בא」
藪草の向こう側から踊り出たエウロパに、男は絶叫しながらサブマシンガンを腰ダメで撃ってくる。狙いが定まっていない上に、エウロパが着ている戦闘制服は非常に高い防弾性能を持っているため、まったく損害を受けることはなかった。もっとも、人間が使用できる程度のサブマシンガンの銃弾ならば、露出した肌に至近弾を受けたところで、それこそ「蚊に刺されたような」ものであったが。
エウロパは勢いを落とすことなく、自分の顔を両腕で遮りながら一気に間合いを詰めた。
『今回の本文には少しだけ特殊なフォントが使用されているわ。PCの環境やケータイだと正しく表示されないかもしれないけど、その時は残念だけど諦めてもらうしかないわね……』
「ヘブライ(ヘブル)文字だねぇ♪ ぜえんぜん読めないや~♪」
『中近東の方の言語はほとんどが右から左に向かって読み書きするのよね? ネイティヴ向けの中近東のインターネットサイトも同様だから、ちょっと違和感……』
「参考~♪ http://he.wikipedia.org/wiki/%D7%90%D7%9C%D7%A4%D7%91%D7%99%D7%AA_%D7%A2%D7%91%D7%A8%D7%99」
『ちなみに、本文中のセリフは“来るな!!”って言ってるらしいわ』