第16話
エウロパは懐からMTを取り出すと、会社所有の静止通信衛星(とは名ばかりで事実上は監視衛星だが)にリンクする。さらに幾つかの衛星を起動して周囲のリアルタイム三次元映像を生成し、コネクタを介して直接自分の「アタマの中」に転送した。
キョロキョロと周囲を見回している自分の頭上からの姿を自分の視野に捉えるというのは、バイオロイドとしても奇妙な感覚ではあったが、このテの作業にエウロパは慣れている。要領よく周辺を捜索してみたが、やはりカリストと思われる人影は見当たらない。近くの農道を小型のバンが猛スピードで走っているだけだった。
「この辺は古い軍事施設の跡地……カリストは建物か地下に潜っている?」
カリストの「人となり」をそれなりに理解しているエウロパは、カリストが旧軍の兵器や設備に興味を持っていることは把握していた。それらしい建造物は周辺には存在しない。となれば、上空からは判りにくい半地下の掩蔽壕やトーチカなどに潜り込んでいるだろうと直感する。
「……こんなことになるならカリストに直接ビーコンを撃ち込んでおけば良かった」
会社の衛星には熱源探知用のセンサも搭載されてはいたが、地下にいる人間大の目標の熱を測ることは事実上不可能だ。地表そのものが温まっているためだが、それ以前に大気越しではムリなハナシである。エウロパは頭上の静止衛星に見切りを付けて、地表に対して可能な限り角度の付いている衛星をサーチしたが、使えそうな位置にあった衛星はカメラ感度が悪く、雲も厚かった。
万策尽き、やむなく自力で地道にカリストを探そうと歩を進めたエウロパであったが、その時である。エウロパの500メートルばかり前方で突然に地面から爆炎が噴き上ったのだ。
爆発の轟音が耳に届くよりも早くエウロパは胸元まである草木を蹂躙しながら疾走を開始していた。くぐもった爆音と共に顔を背けたくなるような熱風がエウロパを迎えたが、それは一瞬で通り過ぎる。当初はカリストが地雷を踏むなり不発弾に触ったりでもしたのかとも考えたが、いかに間抜けなカリストであっても戦闘用バイオロイドの端くれ、そんな安易なミスをするとは思えなかったし、なにより、その類の物事に関してカリストは充分な知識を持っていることをエウロパは知っていた。
「爆炎の温度が一瞬だけど2800℃を超えていた……それに普通の爆発にしては煙がクリーン過ぎる」
エウロパが爆発地点に辿り着き見れば、そこにはクレーターのような大穴がポッカリと空いていた。もうほとんど炎や煙は見られなかったが、焼けたコンクリート片や土が熱気と湯気を放っている。
「……暑い。やっぱりガス爆弾ね。アセチレンか何かだと思うけど」
それよりカリストだ。カリストのことだから爆心地で逆さまになって地面に突き刺さって藻掻いているのではないかと思っていた(期待していた)エウロパだったが、ぱっと見渡してみても何者の姿も見当たらない。だが、バイオロイドが熱に弱いといっても、この程度の熱では蒸発するわけがないので、どこかに埋まっているか、少し離れた場所にでも吹き飛んでしまったのだろう。
「……イオが知ったら激怒するかしら?」
そんなことを呟きながらクレーターに足を踏み出そうとしたエウロパだったが、何かイヤな気配を感じて咄嗟に後方に飛び退き、伏せる。それと同時に頭上の空気を激しく振るわせながら弾丸が飛来した。エウロパは伏せたまま即座に横に転がり、爆発で飛び散った大きなコンクリート塊の後ろに身を隠す。弾丸の飛来から10秒以上経ってから甲高い発砲音が聞こえた。
「……3kmは離れてる」
立て続けに放たれた弾丸が身を隠しているコンクリート塊を激しくノックし、粉砕されたコンクリート片がパラパラと降りかかってくる。そう長くは保たないと感じながらエウロパは思案する。
「発砲音が聞こえたということは電磁誘導銃の類ではなさそうね。とは言え、弾速からすると液状火薬を使った対物徹甲弾と大型の狙撃銃のようだから、直撃されれば少しは痛いかもしれない」
エウロパは発砲される瞬間を見ていた。「イヤな感じ」がしたのは、視界の遙か彼方で一瞬だけ何かが光ったのを感じたからだ。たぶん少し離れたところにある納屋か何かから狙撃されているようだ。3kmも離れていることを考慮に入れれば、光学式スコープによる手動狙撃ではなく、ディジタル照準とコンピュータ制御による半自動狙撃だろう。
いかに高速徹甲弾でも質量を持つ限り光の速度よりは遙かに遅い。マズルファイアを確認してから回避できるバイオロイドの機動性能をもってすれば直撃されることはないだろうが、回避行動を続けながらカリストの安否を確認することはさすがに難しい。また、向こうの狙撃銃に搭載されているFCS(射撃管制装置)の種類も判らないため、ヘタをすれば「先読み」で当てられる可能性も皆無ではない。
一方、爆発で大きく窪みを作ったクレーター内に転がり込めば狙撃は容易に避けられそうだが、カリストを掘り返して無事に保護できたとしても、その後にカリスト(恐らく機能不全に陥って身動きできない)を伴ってクレーターから安全に脱出するのは困難だろう。
こちらにも狙撃銃があれば打開策も打てただろうが、あいにくエウロパは空手だった。こうして思案している間にもカリストは衰弱して死んでしまうかもしれないし、少なくとも確実に判ることは、このままだと身を隠しているコンクリート塊がアニメに出てくるエメンタールチーズのように穴ボコになっていくということだ。唯一の望みは、エウロパと同様にカリストの近辺で監視を続けているであろうガニメデが来てくれることだった。
『ずいぶん派手に爆発したわね……』
「あはは~♪ バイオロイドは頑丈だから、こんくらいなら平気だよっ♪」
『あんたねえ……いちおう本篇は切迫した状況なんだから少しは自重しなさいよっ!』




