第7話
「はい♪ あ~ん♪」
「なっ!? ……ひ、ひとりで食べられるから……!」
イオは顔を真っ赤にしながらたじろぐが、カリストが放そうとしない。
「せっかくカワイイ女のコとケーキ食べるんだも~仲良く食べさせっこしようよ~?」
カリストの主張は何か変だが、これほどまでのケーキを用意してくれていた手前もあってイオも無下には断りにくいのか、適当なところで折り合いをつけるしかなかった。
「じゃ、じゃあ……1回ずつなら……」
「うん♪ それでイイよっ♪ はい♪ あ~ん♪」
カリストはフォークに乗せたシフォンとクリームとイチゴをイオの口元に向ける。
「ちょ、ちょっと大きすぎるんじゃ……?」
「だいじょぶ~♪ おクチもっとおっきくあけて~はい♪」
「あ、あ~ん……んぐ……むぐ……」
ムリヤリ気味に食べさせられたイオはしばらく目を白黒させながら必死にクチをモグモグさせていたが、どのようにして作ったのかカリストのケーキは見た目に反して軽い食感とサッパリとした甘さを残して、融けるように喉の奥へと消えていったのだった。
「んぐ……ん……こ、これは……」
絶句するイオの顔を心配そうに覗き込むカリスト。
「自信あるんだけどなぁ……あんましオイシくなかったかなっ……?」
「……い、いや……すごい……」
なぜか少し愕然としながらイオはカリストに向き直る。
「嘘だと思ってたのに、あんたってホントに料理とか上手だったんだ……!」
「?」
「! ……あ、いえ、ううん、あまりにも美味しくて驚いて、なんかキャラが変になって……」
イオは必死で取り繕うが、カリストは驚いたような顔をしたままだ。
「あ! ほら、今度はカリストの番! は、はい……あ、あ~んして♪」
「うん♪ あ~ん♪」
簡単に丸め込まれるカリスト。そんな光景をカウンタ越しに見ていたオーナーは苦笑いするしかない。
「まったく……あいつら何やってるんだ……」
ケーキを食べることも一段落し、ふたりはすっかり打ち解けた雰囲気で会話をしている。
「イオってば、ポツダムに住んでるのかなっ?」
「ううん、家はベルリン。ポツダムには親戚がいて、家の用事を兼ねて毎週来ることになってる。ここに来るのも、そのついで」
意外と洗練された作法で紅茶を頂くイオ、一方のカリストは嘗めるようにしてコーヒーを啜っている……カリストは紅茶が飲めないのだ。
「……えとねぇ……ちょとフシギなんだけど……どしてわたしのこと知ってるのかなっ? わたしってば学校にも行ってないし、ポツダムには知り合いもいないし……」
「そ、それは……ああ、たまたま街を歩いてるとき、藪の中で何かしてるあなたを見つけたのよ。虫かなんか探してたんでしょ? それで面白そうな人だなって思って……」
そんな理由だけで知り合いになりたがるような人間がいるとは思えないが、案の定カリストは訝しがりもしない。
「へえ~そなんだ~♪」
カリストの中ではイオが自分に興味を持ってくれたということだけで充分なようだった。
「わたしも出身はベルリンなんだよっ♪ ブランデンブルク門の近くかなっ?」
「そうなんだ……私の住んでるところもブラ門の近所」
「へえ~そなんだ~♪」
実はカリストは珍しく内心ヒヤヒヤしていた……当然だ、ベルリン出身であることは事実ではあったが、「施設」の中で育ったことに加えて数ヶ月より向こうの記憶が無い。しかも家族もいないし、詳しいことを突っ込まれたら答えに窮するのは明らかだ。
しかし不思議なことにイオはカリストの答えにくいことは何ひとつ訊こうとはしなかったし、むしろ、そういう話題を積極的に避けてくれているようにすらカリストには感じられた。
「もう夜の9時になるよっ? おウチに帰んなくてイイのかなっ?」
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。気が付けばすでにオーナーが閉店の準備を始めている……結局、イオが来ている間は他に客はひとりも来なかったのだった。
「ん……もうそんな時間なんだ……ポツダムに来るときは親戚の家に泊まることになってるから大丈夫。でも、どっちにしてももう閉店ね。また来週来るわ」
「うん♪ また来てくれるんならウレシイなっ♪ あ、これ、ケーキの残ったの親戚の人にオミヤゲで持ってくとイイよ~♪」
カリストはいつの間にか余ったケーキ(それでもふたりで半分は消化した)を箱に詰めて持ち帰りできるようにしていた。
「ケーキ美味しかった、あ、あ、ありがとう……それじゃ、また」
「あ、イオ……ちょと待って」
カリストはドアを抜けかかったイオの手を掴み制止する。
「ん……なに?」
振り向いたイオを真正面から見据えながら、カリストはカリストにしては控えめに告げる。
「あのねぇ……その……わたしねぇ……ちょと良く判んないんだけど、イオと一緒にいると……ずっとドキドキしてるんだよっ……それになんかイオのこと、もっとずっと前から知ってるよな気がするんだよねぇ……なんでだろ……?」
「なっ!? ……そ、そんなの、わ、私が知ってるわけ、な、ないじゃない! もうバカぁ! オヤスミっ!」
イオは顔を真っ赤にして、逃げるように駆けていった。
「えへへ~♪ オヤスミなさ~い♪」
イオを見送り店内に戻るカリスト。オーナーは皿に残っていたカリストのケーキを食べている。
「うむ……うん……お前さん、こりゃなかなかなもんだな……俺は甘いのは苦手なんだが、これなら平気で食べれるぞ。ウチのカミさんにも少し持って帰ってやろう」
「えへへ♪ まだ少し残ってるから、まいすたに全部あげるよっ♪」
「さすがに今日は給料ナシだ……と言いたいところだったけど、それならトレード成立ってことでチャラだな。お前さんは運が良い」
「まいすた、今日は、ぜ~んぜんお客さん来なかったねぇ……」
「今日も、だろう? もう慣れてるよ」
ふたりは肩を並べて高らかに笑った。
『ところで……あんたさ、なんで紅茶飲めないの?』
「んう~? なんかねぇニオイがちょとニガテなんだよねぇ」
『あんたって、クチに入るものなら好き嫌いかなんかないと思ってたわ』
「そなことないよぉ……生のおサカナも食べらんないんだよねぇ」
『え? じゃあお寿司もダメなんだ』
「そなんだよねぇ……なんでかなぁ……」