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KallistoDreamProject  作者: LOV
その3:共鳴しない娘、やがてすべてが一点に
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第15話

 カリストはリミッタが外れた恩恵というか弊害というか、実際には1秒にも満たない無限とも思える時間の中で来るべき爆発に少しだけ怯えながら防御姿勢のまま待つよりほかない。

 そんなカリストを焦らすかのように、放り込まれた最新型の跳躍爆雷は制御ユニットから瞬間的に四方八方にレーザーを照射して丹念に室内の間取りを計測し、最も殺傷効果の高いと思われる方向と高度を算出し、何かを噴出しながら小さく跳び上がる。

 ところが、最初は跳躍するためのガス噴射だと思ったが、それとは別の何か高濃度の気体が跳躍爆雷から極めて短時間で爆発的に散布されているのがカリストには判った。液状から瞬時に蒸散しながら、その気体はみるみるうちに部屋中の空気を外へと押し出して空間を占有していくのだ。

(ふぇ~! 酸素とアセチレンエチンだよっ!?)

 カリストは視界内に表示される警告条項に目を走らせて状況の把握に努める。そこには平素から危機感の薄いカリストにでも理解できるほど大きく明確に「危険ゲファール」とあり、離脱が可能なら速やかに実行し、それが不可能なら致命的事態も覚悟するようにと表記されていた。

 可燃性ガスであるアセチレンは充分な酸素と共に燃焼(というか爆発)すれば、3000℃近い高熱を発するのだ。密室でガス爆発に巻き込まれる程度の爆圧や衝撃ならばバイオロイドは余裕で耐えることができるが、3000℃の熱ともなれば話は変わってくる。


 かつて急速に発達したコンピュータが直面した最大の困難のひとつに「熱処理」の問題があった。高密度化したCPUコアが消費する電力に比例して、同時に抱え込むことになった熱量も甚大なモノとなったのである。

 それはサーキットを量子レベルでエッジングし、さらに「人間の脳を数百万個ぶん」とさえ称された多段階層化したプロセッシングスイートを持つバイオロイドにも通じることであり、22世紀になってもなお課題とされる重大な問題なのだ。

 華奢でいながら堅牢で、汎用性と機動性を高い次元で両立させているバイオロイドであるが、その性質を維持しつつ内熱を処理するために、対消滅炉から得られる有り余る出力を以てして体内の組成抽出炉を常にフル稼働させ、食べ物や空気中から得た窒素やヘリウムなどを圧縮液化して冷媒に使っている(カリストが常に何かしら食べているのも、空気中から窒素を得るよりも食べ物として取り込む方が組成効率がイイから……ということになっている)。

 しかしそれでも稼働している間は内熱がジリジリと上がっていくため、半ば強制的に必要最低限の機関出力だけ維持しながら待機状態に入る、いわば「睡眠」という形で日に数時間以上のクーリングの時間を設けているのだ。

 さらにカリストに至っては、バイオロイドとしては初期モデルであり、その後の機関の更新なども滞っているという事情もあって、元よりかなり内熱過多なのである。カリストの本来の性質もあるにはあるが、純粋に怠け者で眠たがりというだけではなく、クーリングのために起きていたくても起きていられないという事情が少なからずあった。まったくそうは見えないかもしれないが、カリストはバイオロイドの中でも特に熱に弱く、可哀想なくらい「虚弱体質」なのだ。


 このように元より内熱過多傾向の強いバイオロイドにとって、自分が発する熱の処理で手一杯なところに短時間であっても3000℃近い外気に晒されるというのは、致命的な事態になりかねない恐るべき脅威なのである。

(このまんまだと、わたし、死んじゃうかも……?)

 さすがのカリストも自分に身に危機が迫っているということをまばたきひとつにも満たない時間内で理解した。そして考えるよりも早く半ば自動的に……人間で言うところの「本能」に近い感覚でもって、今できる最善の防御手段を講じる。事後に多少の機能不全を引き起こしかねなかったが、死んでしまうよりは遙かにマシだ(カリストだって死ぬのは怖いのだ)。

(んう~ なんかイタイのばっかしだなぁ……でも、早く帰ってイオに鉄十字章を見せてあげよっと♪)

 イオに言われるまでもなく何かと面倒事に巻き込まれてばかりの自分の境遇を少しだけ奇妙に感じながらも、カリストは部屋に戻ってイオに勲章を見つけたことを報告し褒めてもらう気マンマンで、顔を覆って爆発に備えるのだった。



 その時分、カリストから最も近い位置にいたのはエウロパであった。もちろん偶然ではなく、見失ったカリストの行方を捜していたのである。今日のエウロパは前にカリストと逢った時に着ていた可愛らしい制服ではなくて、戦闘用バイオロイドらしく、まったく肌の露出のない全身黒ずくめの戦闘服を身に付けていた。

「……こちらの方へ来たのは間違いないと思うんだけど……」

 カリストのバイクは信じられない速度でポツダム郊外へと走り去り、遠目に監視し続けていたエウロパの虚を突いて置き去りにしてしまったのだ。すぐにGPS(エウロパは密かにカリストのバイクに小型の発信器を取り付けていた)で追跡したが、それでも追いつくのには相応の時間を費やしてしまったし、あまつさえバイクの傍らにカリストの姿はなく、その気配も感じられなかった。

 エウロパはポツダム郊外の荒れ地の小高い丘の上に立ち、周辺を伺う。

『今回はえらく説明的な内容だったわね……確かにバイオロイドは熱に最も弱いのよね』

「そだねぇ♪」

『ちなみにプロセッシングスイートの“スイート”ってのは、“甘い(sweet)”って意味じゃなくて“組になった(suite)”って意味よ。ドイツ語では“Verarbeitung-suite”って表記になるわ』

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