第14話
小さな横穴を覗き込んだカリストは、そこに錆びて塗装も剥がれ落ちた弾薬ケースを発見した。主にMG32などに運用された弾帯用のケースだと思われる。
「ふわあ~♪」
それは単なる鉄屑同然のケースではあったが、いちおう歴然とした「戦争兵器の痕跡」であるため、カリストは喜びの声を上げた。もしかしたら中には弾薬も遺っているかもしれない。
逸る気持ちを押し込めながらポケットの中のグローブを取り出し身に付けると、カリストは穴の中の弾薬ケースに手を伸ばし触れる。触ってみて判ったが、中身は思ったよりも遙かに軽いようだ。その天板を掴み手元へ引き寄せたが、カリストの細腕でも易々と持ち上げることができたほどだ。
「なあんにも入ってないのかなっ……?」
訝しく思いながら錆び付いた弾薬ケースの天板を何度か揺すり、ゆっくりと開ける。カリストは中を覗き見るよりも先に弾薬ケースに顔を近付けて「2世紀余り封じ込められた歴史の匂い」を吸い込む。ただ錆と湿気ったカビのような匂いがするばかりだったが……。
「ふわあ♪ やっぱし何か入ってるよっ♪」
カリストは弾薬ケースの中に鈍く輝く金属片を見出す。そっと摘み上げると、それはスーツの胸ポケットにもスッキリと収まるようにデザインされた薄身のシガレットケースだった。それなりに使い込まれた物なのか擦り傷や小さなヘコミが残されていたが、そのしっとりとした輝きは明らかに純銀製であり、2世紀以上の時を経てもなお高貴な風合いを失ってはいない。表面にはナチスドイツの国章である鈎十字をあしらった鷹の意匠が彫られていた。
「ふわ……これってばホンモノかなっ……?」
想像以上の「お宝」の発見に、カリストは喜びよりも畏怖を感じていた。これが本物だとすれば、このシガレットケースはヒトラーが気に入った人物や部下に贈答品として手渡していたという類のモノなのではなかろうか。とすれば、事の善悪は別にしても、これは相当な珍品である。カリスト自身はナチズムやヒトラー信奉者ではなかったが、ある部類の連中にとっては一種の「聖遺物」ですらあるのだ。
「やっぱし中はタバコが入ってるのかなっ……?」
カリストは床に座り込み、細心の注意を払ってシガレットケースを開けてみる。意に反して中にはタバコは入っておらず、ボロボロ朽ちかかった紙片と何か小さなモノを包んだ油紙が入っていた。
紙片は小さく折りたたまれた便箋か何かのようだったが、紙全体にインクが滲み拡がるほどに劣化している上に、カビと湿気で張り付いていたため、今この場所で不用意に開くのは躊躇われた。このような場所に置かれていたことを含めて考えると、軍機に属する物品ではなく私信である可能性もあったため、とりあえずカリストは、その紙片も手帳に挟んで保管しておくことにした。後で相応の研究施設に持ち込めば安全に復元できるだろう。
一方の油紙に包まれた物品は、手にした時点で金属だと判る重さと質感だ。こちらは棄損するような手応えは感じられないため、カリストは油紙を開いてみることにした。
「こ、これってば……!?」
思わず息を飲むカリスト。油紙の中から出てきたのは、ドイツの主権紋章である鉄十字をあしらった……というか、鉄十字そのもの、なんとドイツ騎士鉄十字章だった。ボロボロになっているとはいえ赤と黒と白のリボンが付いており、また、勲章の中央部に鈎十字、その下部に制定年を示す「1939」が彫られていることから、どこからどう見ても紛うことなきナチスドイツ時代の騎士鉄十字章である。
しかも、十字章とリボンを繋ぐ箇所には交差した小さな剣と柏の葉の金具が取り付けられていた。カリストは見た瞬間に理解したが、これは通常の騎士鉄十字章よりも2段階上に位置する「柏葉剣付騎士鉄十字章」であり、ナチスドイツ時代を通じて160名にしか授与されていないという極めて貴重な品である。さらに言うなら、現存するナチスドイツ時代の騎士鉄十字章は倫理的な面から後世に回収され、鈎十字が削り取られてリフォームされている場合が大半なので、オリジナルデザインを保っているこの柏葉剣付騎士鉄十字章は値段の付けようもないほどの逸品、まさしく真の騎士鉄十字章と言える。
「ふぇ~!? 柏葉剣付だよっ!?」
これにはカリストも驚愕の声を上げるよりほかない。これが贋物ではなく本物の柏葉剣付騎士鉄十字章ならば、明らかに著名なナチスドイツ軍人が遺した物に間違いはないだろう。しかし、こんな貴重な勲章が、なぜこんなポツダムの小さな試射場のトーチカの壁の中に隠されていたのか、まったく判らない。
が、何にせよ素人の探索による成果物としては、これ以上を望みようもないほどの「お宝」であろう。この勲章も研究機関に持ち込めば真贋がハッキリするだろうし、展示などされようものなら発見者として自分の名前が掲げられるかもしれない。
「えへへ~♪ はやく帰ってイオにも教えてあげよっと♪」
カリストは騎士鉄十字章を再び油紙で包んでシガレットケースに入れると、いちおう保護のためにグローブで挟むようにしてから、懐に忍ばせた。自分で発見した物ではあるが、これはドイツ連邦にとっての「(負の)遺産」とも呼べる貴重品だ。
「見つけたゴホウビに、お菓子とかいっぱいいっぱいもらえるかなぁ……♪」
浮かれ気分でそんなことを考えながらトーチカを出ようと振り返ったが、カリストは刹那に何かイヤな気配を感じて足を止める。案の定、それと同時にトーチカの開口部の方から何か小さな物体が投げ込まれ、床に落ちた。それはカリストの方へ向かってコロコロと転がってくる。
「なんだろ~?」
それは一見すると単なる円筒状のプラスティックのカタマリか何かに見えたが、カリストはそれが何かを瞬時に把握する。
「ちょ、跳躍爆雷~っ!?」
叫ぶや否や、カリストは咄嗟に両手で耳と目を塞ぎながら小さく丸まって床に伏せたのだった。
「勲章を見つけちゃったよ~♪」
『しかも今回のオハナシはアホ作者の戦記モノ、“戦場のポートレート”の“200年後への手紙”とリンクしてるってウワサだわ……』
「よかったらそっちも読んでみてね~♪」