第13話
いよいよ探索の意を決したカリストは腰のポーチから十徳ナイフを取り出して、それに内蔵されているLEDライトで周囲を照らしつつ、ゴミが散乱して踏み荒らされた中央部は避けてトーチカ内部の隅や壁を丹念に調べ始めた。
まず目に付いたのが、かつて砲弾を収納していたと思われる幾つかの古い木箱だったが、もうボコボコに朽ちている上に、中身と言えば2世紀余りかけて蓄積された塵埃が詰まっているばかり。いちおう棒きれで塵埃を突き回してみたが、何も手応えはなかった。
「……こほこほ……えふえふ……! なあんにも入ってないや……」
次に目を付けたのは部屋の隅、壁に押し付けられるように置かれた木製のデスクだ。これはどうやら事務デスクのようであった。引き出しを開けようとしたが、取っ手がモゲていた。こんなモノがどうにかなっても誰も困りはしないのだろうが、カリストは引き出しを壊さないように気をつけながら引き抜くことに成功する……が、中身は(当然だが)空っぽで、それらしき書類や資料などは何も入っていなかった。
「んう~」
せいぜい見つかったのは当時の新聞(ナチスの党報)か何かの切れっ端である。粗末な紙に粗末なインクで刷られたソレから読み取れたのは『……が総統閣下は……マンに騎士鉄十字章を……』という一文にも満たない幾つかの単語だけだ。発行日も判らない。
「へえ~♪ 記事の内容はよくわかんないけど、きっと大事な何かの資料になるよねぇ♪」
紙切れとはいえ歴史の貴重な遺物であることには変わりないので、カリストはそれを持参した手帳のページの間に挟んで保管することにした。戦争資料館に行った時に研究資料として提出すれば、何かの研究に役立つかもしれない(なお、カリストは知らないが、件の戦争資料館というのは今なおナチスドイツの正義と正当性を信じて疑わない者どもが運営している公然非公式な国粋主義的施設である)。
「……こっちには何かあるかなぁ?」
低い天井からぶら下がった草木の根っこを避けながらカリストは隣室に移動する。トーチカの開口部から隔たれた隣室は薄暗く、なかなか恐ろしげな雰囲気もあったが、のんき者のカリストは「怖い」という感情に疎いので気にもしない。
「ふぇ~! ……なあんにもないや」
室内をライトで照らしてみたが、そこには何ひとつ目を惹くようなモノなど見当たらなかった。残念ながら終戦から約2世紀も経った今、カリストが期待したような物品はとうの昔に公的な機関に回収されたか一般市民に持ち出され散逸したか……そう考えるのが妥当だろう。
「やっぱし、なあんにもないんだねぇ……」
さすがのカリストも一切の探索を断念して帰ろうかと思ったところだったが、何の気なしにライトで照らしたコンクリートの壁面に違和感を覚え、返しかかっていた踵を止めた。
「……んう……?」
先にも述べたように、トーチカの内壁は粒子の粗いコンクリートの打ちっ放しで、約2世紀の時を経て、水が浸み、ヒビ割れ、草木の根が僅かな隙間から這い出しているような有様である。まさしく「廃屋の壁」といった趣だ。
しかしカリストが感じた違和感……それは、一面にヒビ割れが走っている壁面の、足下の高さにある一部分だけがヒビ割れの侵食を免れて「四角く切り取ったように」無傷で残っていることだった。大きさは30センチ四方程度であったが、壁じゅうを縦横無尽に走っている無数のヒビ割れの切っ先が、その小さな領域に入り込むことなく、その縁でピタッと止まっているのだ。
「……なんだろ~?」
訝しく思いながら、カリストは壁に近寄り、しゃがみ込む。近くで見るとより明らかだったが、その30センチ四方の僅かな領域だけ、見た感じでは微妙にコンクリートのキメが他と異なっているようにも感じられた。
「……これってば、もしかして……あとから別にコンクリートを塗ったのかなっ?」
カリストはその無傷のままになっている壁面を軽く叩き、別の場所を叩く、というルーチンを何度も繰り返して、その感触や音の違いを確かめてみる。
コツコツ、コツコツ、コツコツ……ゴンゴン……コツコツ、コツコツ……。
「! ……ぜんぜん音が違うよっ♪ こんなか、きっと空洞になってる~!」
カリストは興奮気味に叫ぶと、ちょうど部屋の反対側に転がっていたコンクリートブロックを持ち上げ、考えるよりも早く、迷うことなく壁に叩き付けた。カリストが思ったとおり、ボコンという音と共にコンクリートブロックの一辺が易々と壁に突き刺さる。壁を貫通したのだ。
「……なにか入ってるかなっ……?」
カリストはブロックを取り除き、期待に薄いムネを膨らませながら自らが作った「穴」を覗き込んだ。
『戦後からずっと弾圧されてるナチズムだけど、途切れることなく信奉者がいるのよね……まったく困りものよね』
「21世紀の中頃だけど、慢性的な不景気や高失業率、それから移民問題なんかで国民の不満が爆発して、ドイツのアチコチで暴動や騒乱が起きたんだよねぇ……」
『今に言う“ベルリン騒乱”ね。その暴動や騒乱もナチズム信奉者たちが中核になってたってウワサよね……ウチの会社も一枚噛んでたってハナシだけど』
「そっかぁ♪ 会社ってばナチスの残党だもんねえ♪」
『残党? 末裔と言ってもらいたいわねっ!』