第7話
なにやら人生が動き出すような出来事や出逢いというのには連続性があるものらしい。
ガニメデとの不本意な邂逅を果たした明くる日、部屋を探しまくって小銭を発見することに成功したカリストは再び近所のスーパーマーケットに出向いて牛乳を買ったのだが、その帰路、やはり再び通りかかった公園である。驚くほど鈍感そうでいて実は人並み外れて感受性が強いという、一見すると相容れない性質の持ち主であるカリストは事前から薄々は何かを感じていた(もしくは期待していた)のだが、案の定、昨日ガニメデが待ち構えていたのと同じベンチに、例によって例の如く自分と同年代くらいの少女が座っていることに気付いた。
これはもう決定的である。カリストやイオが着ているものと同様の女子学生風の制服を身に付けた、スラリとした美しい少女だ。カリストよりは暗めの、イオよりは明るめの、長くて滑らかなブロンドの髪を細く長い指で弄りながら読書に耽っている。カリストのことを待っていたのだろうが、読書に夢中になってしまっているのか当の本人が現れたというのに顔を上げようともしない。
そしてカリストは彼女がエウロパであると直感する。これといった確証はないのだが、そのどこかしら自分と似通った容姿に強い「血の繋がり」を感じたのだ。パッと顔を輝かせて駆け寄ろうとしたが、昨日ガニメデに窘められたこともあって不用意に近付くのも躊躇われたため、ちょっと離れたところから様子を窺うことにした。
しかし、しばらく待ってみたがエウロパはカリストの到来に気が付かないまま、延々と読書を続けている。どのような本を読んでいるのかはカリストには判らなかったが、時折、何かに想いを馳せるように遠くを見つめて頬を赤らめたり切なそうに溜息を吐いたりすることから、どうやらラブロマンスの類なのだろう。何にせよ、依然としてカリストに気付く様子は無い。
いよいよ仕方がなくなったカリストは、これ見よがしに鼻歌などを歌いながらエウロパの座っているベンチの周辺を、妙にゆっくりした足取りでウロウロしてみる。しまいにはワザトらしく独り言まで呟いてみた。
「なんだかカワイイ女のコがいるねぇ♪」
だが、よほど読書に集中しているのかエウロパは反応を示さない。もしかすると「カワイイ女のコ」というのが自分のことを指していると思っていないのかもしれない……そう考えたカリストは、少し文言を追加してみる。
「カワイイ女のコがベンチに座って、ご本を読んでるんだねぇ♪」
そこまで言って初めてエウロパは顔を上げ、ようやくカリストに注意を向けてくれた。少しばかりハッとしたような表情でカリストを見つめ、躊躇いがちに名前を呼ぶ。
「あなた……カリスト……?」
「うん♪ こにちは~♪ えへへ~♪」
カリストがテレテレと笑うと、エウロパも少し恥ずかしそうに笑顔を返した。
「こんにちは、初めまして……私はエウロパ。あなたと同じアストラル技研製のバイオロイド」
「ふわあ~♪ やっぱしエウロパだったんだ~♪」
カリストが快哉を叫ぶとエウロパは少しクビを傾げる。
「なぜ私のことを……?」
「昨日ガニメデに逢って、エウロパってバイオロイドもいるって聞いたんだよねぇ♪」
「ガニメデ……。まだ私は逢ったことがないけど、知っているわ」
そしてエウロパは少し懐かしそうな目でカリストを改めて見つめ直してから、自分の隣を指し示す。
「少しだけ、お話ししない?」
「うんうん♪ ……何のご本読んでたのかなっ?」
エウロパの言う「お話し」というのは雑談のことを指しているわけではないのだろうが、そんなことは意にも介さずカリストはエウロパが手にしている文庫本を指差す。愚かしい娘ではあるがカリストは読書好きなので、他者がどのような本を読んでいるのか興味があるのだ。また、その類い希なる強い好奇心からエウロパのような清楚な女のコが何を読んでいるのか訊かずにはいれなかった。
「えへへ♪ 恋愛小説とかかなっ? もしかしたらシブ~いオジサンの出てくるハードボイルド小説とかだったりして~♪」
「この本は……ええっと……そういう小説も嫌いじゃないけど……」
エウロパは少しばかり恥ずかしげと言うか気まずそうな笑顔を見せたが、それでもハッキリとした口調で応えた。
「……“拷問と処刑の歴史/絞首刑と磔刑の巻”。なかなか興味深い内容だから読んでるわ」
「……へ、へえ~♪ お、おもしろそだねぇ……」
「もしかして、こういうのに興味あるの?」
「い、イタイの好きくないから、あんまし興味ないかも~♪ あはは~♪」
さすがのカリストもこれ以上の言及は避けざるを得ず、お追従笑いで話題を他に逸らすより仕方ない。一見すると至極マトモそうなエウロパであったが、カリストやイオと同様、どこかしら奇抜な(ある意味ではカリストなど目ではないほどの)趣味趣向の持ち主であるらしかった。
「と言っても、勘違いされると困るから言っておくけど、私は中世の宗教裁判に関する研究をしているから、その関連書籍としてこの本を読んでいるだけだから……」
「あ……そなんだ~♪」
取って付けたような言い訳がましいエウロパの言い分ではあったが、素直なカリストはそれを聞いて安心する。が、どのような理由があったにせよ、とてもではないが微笑みながら読む類の本ではないのだが……。
『バイオロイドってのは、どこかしら奇抜よね……あんたは特に』
「そっかなぁ? どんなとこ~?」
『あんたのヘンなトコなんて、いちいち挙げていたらキリがないわよっ!?』
「イオはヘンなトコないのかなっ?」
『ないわね』
「そだよねぇ♪ 女のコ同士がチュッチュってしてもヘンじゃないよねっ♪」
『!?』