第6話
ガニメデとの突然の邂逅はカリストを単に失望させただけだった。イオのことを悪く言われたり、締まりのない自分の生き様を詰られたりしたことは別として、血と肉を分けた(実際は血肉を持たないが)兄妹とも呼べるほど近親の同胞と気持ちが通わなかったことがショックだった。
人好きのする性質のカリストは、誰とでもすぐに打ち解ける親和力だけには比類無き自信を持っていたため、ガニメデとココロを通わせたという「手応え」を得られなかったということは、自分が思う最大の長所を挫かれたような気がしてガッカリすることしきりである。
「やっぱし、わたしってばダメなコなのかなあ……」
酷い自己嫌悪に陥ることは無いカリストではあったが、さすがに元気も出ない。確かに自分を顧みると今さらながら実に反省すべき点が多いということを改めて思い知らされる。何より「何のために生きているのか」がアヤフヤだ。
カリストは、自分が望むように、自由に、面白おかしく生きていたいと願う。ツチノコを探したり、マリモや虫やカエルを観察したり、お菓子を食べて、お昼寝をして、大好きなヒトとお喋りをして過ごしたい。ずっとそうやって生きていたいと願う。
だが、それは自堕落で何ら益体のない、非生産的な生活ではないだろうか? 昨今の多くの人間と同様、最低限の生活保障の上に胡座をかいてムダに時間を浪費し続けるだけのニート生活……ココロの奥底では薄々ながら気付いている。わたしは半永久的に今の生活を続ける?
もちろんツチノコを探したりするのは楽しい。そんな生活を何百年でも続けていける自信はあった。しかし、それで良いのかどうかというハナシになると、カリストは胸を張って肯定することができない。そんな生き様、どこの誰に自慢できるというのだろうか。もっと充実した人生を、何か生きる目的を、世の中の役に立つ、自分が生きている証を見つけたい……そんなことを考えることもあったが、あまりにも漠然としすぎていて具体的なヴィジョンを描けないでいる。
そんなような気持ちをイオに相談したこともあったが、返事はイオらしくもツレないものであった。
『あんたって生粋のボンクラなんだから、そんなこと考えなくてもイイのっ!』
『そなこと判ってるけど、わたしだって何か世の中の役に立ってみたいよっ?』
『あのねえ……あんたなんてヒトより、す、少しだけ、カ、カワイイだけが唯一の取り柄みたいなもんなんだし、だいたい、ヒトには“向き不向き”ってのがあるの! あんたは何にもしないでホエホエ笑ってるのが向いてるのよ』
『そだけど……でも、やっぱしイロイロやってみたいなぁ』
『カワイイって部分は否定しないのね……』
もちろんイオとて意地悪や嫌がらせで言っているわけではない。なによりカリストの益体のない生活は会社からの指示であるし、カリストを益体なく生活させることがイオの職務でもある。さらにイオらしいカリストへの遠回しな愛情から、疑うことを知らず純真無垢なカリストを荒んだ世の中に必要以上に晒して傷付けたくないという思惑があるのだ。また、カリストとてイオが自分のことを護ってくれようとしていることは常々から充分に感じていた。
翻って、そのイオだ。ガニメデの言い分が正しいとすれば、イオはカリストのサポート役には不適格らしい。互いに相思相愛(少なくともカリストは相思相愛であると確信している)の間柄で、何かと融通を付けてくれて、いつも優しく気遣ってくれるイオが、である。この辺りがカリストには判らない。イオではなくて、もっと厳格なヒトなら適任なのだろうか。
確かにイオは甘い(甘やかしてもらっていることは、さすがのカリストでも自覚していた)。でも言うことは言ってくれるし、望むままに与えてくれるわけではない。何より互いを尊重し、呼吸で通じ合う仲なのだ……これ以上、適格なパートナーがいるとはカリストには思えないのだ……。
「だいじょぶ、もう絶対にイオと離れないよっ! ずっとずっといっしょにいる!」
ガニメデの警句を振り払うように、自室で独り高らかに宣言するカリスト。元からのんきな娘なので、この件に関しては深く考えることはやめることにした。どうせ生きていればこれから何度でも考えなくてはならない命題なのだろうし、その時にまた悩めばイイ。
それよりもガニメデの存在が気がかりだ。余りに突然の出会いだったから冷静に思いを巡らす余裕など無かったが、いったい何の意図があって姿を現したのか……自主的な行動なのか、会社からの指示なのか……カリストには判らない。
となると答えは簡単だ。やっぱりイオに相談するのが一番である。
「……で、ガニメデは帰っちゃったみたいなんだけど……」
『ふうん……他には何か言ってなかった?』
「ううん。なあんにも……ただの世間話くらいかなっ?」
カリストはイオに関するガニメデの発言以外は包み隠さず話した。全部をイオに伝えてしまうとイオが激昂するのは目に見えている。イオに真実を伝えないのは気が引けたが、それよりも大好きなヒトが怒ったり悲しんだりしている姿を見たくはなかったのだ。
『何にせよ、変なハナシだと思うかもしれないけど、あんたに教えてもらうまでガニメデなんてバイオロイドが存在するなんて知らなかった……私の所属するセクションとは違うトコに籍を置いてるんだと思う。何かにつけてウチの会社はナゾが多くて困るわ』
「あと、やっぱしエウロパってバイオロイドもいるらしいよ~♪ コレで4人揃ったねぇ♪」
『あんたは気楽でイイわよね……ま、ガニメデについては私の方でも調べてみる。一応は身内だから大丈夫だとは思うけど……もし次に接触することがあったら少し気を付けてね、何か情報を得られたら些細なことでも教えてくれると助かるわ』
「うん♪ でも、兄妹なんだよっ? きっと仲良くできると思うんだけどなぁ……」
それでもなお、カリストはガニメデのことを疑ったり悪く思うことができないのだった。
『そう言えば新キャラよね』
「そだねぇ♪ わたしとイオ以外で初めて出てきたバイオロイドだよ~♪」
『男の子のバイオロイドなんていたんだ……』
「わたしたちとおんなしで、ちょとちっちゃくって細くって、だからカッコイイってより、カワイイってかんじだったよっ♪」
『……血の繋がった兄妹も同然なんだから、れ、恋愛対象にはなりえないわよねっ!?』
「……わたしとイオも血の繋がった姉妹もおんなしなんだけどね~♪」
『!?』