第4話
カリストは大好物のひとつである、ハリボーのカエルグミを買うために近所のスーパーマーケットに来ていた。カエル好きも大概であるが、それを差し引いてもハリボーのグミキャンディは大人にも子供にも美味しいのだ。カリストが突然にクチをモグモグしている時は、まずカエルグミを食べていると考えて間違いない。
『あんたさ、自分が大好きなカエルをモチーフにしたグミなんか、よく食べれるわね……っていうか、そもそもカエルのカタチをしたグミ自体、気持ち悪くて食べる気がしないわよっ!?』
例によって例の如くイオは怪訝そうに窘めるが、ハリボーのカエルグミは2世紀近くに渡って製造され続けているという厳然たる事実をイオは知らないのである。販売され続けているということは相応に人気があるということなのだろう。
そんなことはともかく、カリストは有り金を使い切ってカエルグミを8袋も購入した。カリストが近隣に住まうようになってから、このスーパーマーケットではカエルグミの仕入れが従来よりも倍増しているというが、もっともなハナシである。
さて、カエルグミを大量に買い込んだカリストが、普段にも増して豊かな気持ちで自室に帰る道すがら近所の公園を通りかかると、ベンチに座っているひとりの少年と目が合った。
カリストと同年代、十代半ばくらいの細身の少年で、学校からの帰宅途中なのかブレザーとスラックスを身に付けている。少し長めのブロンドヘアが夕陽に晒されて見事な黄金色に輝いているのがカリストにとって特に印象的に思えた。元より男性に対して興味の薄いカリストではあったが、そんな彼女をして「絵に描いたような美少年」と思わずにいられないほどに容姿端麗な少年である。
カリストは少しだけドキリとしつつも、目が合った手前、また生来の気の良さから、特に深い意味もなく少しクビを傾げて人懐っこい笑顔で会釈しつつ、ベンチに座ったまま自分を見つめている少年の前を通り過ぎようとした……が。
「待ってよ……少しオハナシしない?」
なんと少年はカリストに声を掛けてきたのだ。
意表は突かれた、が、物怖じしない(そして警戒心の薄い)カリストは即座に足を止め、少年に向き直る。前述したように男性に対して興味の薄いカリストではあるが、何も男性を嫌悪しているわけでも怖れているわけでもない。積極的に交流を求めて来る者には分け隔てなく接するのだ。
「なあに~? えへへ♪」
こんな事態をイオが知ったら憤死しそうだが、見ず知らずの少年にホイホイ応じる気の良いカリスト。もちろんナンパされたとか、そういうのは考えの埒外である。促されるまでもなく少年の隣に座りテレテレと笑う。
「えへへ~♪ こにちは~♪」
「え、あぁ、こんにちは」
余りにも気易いカリストの雰囲気に、自分から話し掛けたにもかかわらず鼻白む少年。それを尻目にカリストは定型文化している自己紹介を勝手に開始する。
「えへへ♪ わたしカリスト、ヨロシクねっ♪ 16歳だよ~? ホントだよ~?」
「あ、え、うん……歳とか名前とかは知ってるよ……本当に警戒心の薄いコなんだね」
もうこの時点で少年が明らかに尋常のモノではないということに薄々気付いているカリストではあったが、もうこうなってしまっては引くに引けないから、気にせずホエホエと微笑むばかりだ。少年も態度や表情を変えることなく訥々とした雰囲気で自己紹介する。
「僕はガニメデ……君と同じく16歳ってことになってる」
「ガニメデ~? ギリシア神話に出てくる美少年ガニュメデスかなっ? ガリレオ衛星の3番目?」
「それが由来なのかな」
「ちょと変わったお名前だねぇ♪」
「君だって同じ様な由来の名前じゃないか」
そして少しの間だけカリストは沈黙する。彼女なりに何かを考えているらしかった。
「……もしかして、わたしと義理の兄妹とかかなっ?」
「……つまりは、そういうことになるね」
つまりはカリストの同胞、バイオロイドということだ。
そう言われてみれば、ガニメデが着ている制服はイオやカリストが着ている女子制服の「男子ヴァージョン」とでも呼べそうな近似したデザインだし、その雰囲気……ある種の気品ある佇まいや利発そうな顔立ち、均整の取れた細身で小柄な体躯……なども、イオやカリストと通じるところがある。
本来ならばバイオロイドは他のバイオロイドを面識が無くても一見しただけで看破することができることになっているはずなのだが、特に職務を与えられないまま日常生活を主にするカリストは機能抑制が強く働いているため、何かと不具合が多いらしいのだ。
だがしかし、カリストは意にも介さず思ったことを躊躇いもなく喋り始める。
「そゆえば、4つあるガリレオ衛星のイオとエウロパとガニメデはラプラス共鳴で1:2:4に軌道位相が同期してるんだよっ! でもカリストだけ関係なく回ってて仲間はずれなんだよねぇ……」
毎度のように話題が逸脱するカリストであったが、自力で我に返った。
「イオ以外のバイオロイドに逢うの、初めてかも~!?」
「……ねえ、危険そうだとか、怪しげだとか、そういうことは考えないの?」
どこかしら申し訳なさそうに、何かしら楽しそうにカリストを窘めるガニメデであったが、カリストは例によって例の如く脱力したような笑顔を浮かべて嬉しそうにしている。
「ねぇねぇ♪ いっしょにカエルグミ食べる~?」
『ラブプラス共鳴?』
「ラ・プ・ラ・ス・共鳴だってば~♪」
『あんたってさ、変なことばっかり詳しいわよね』
「えへへ~♪」
『………(何か重要なことをツッコミ忘れてる気がするんだけど……)』