第3話
実はイオは会社に対し申し入れしていることがあった。それは自ら会社を出てカリストの直接警護の任に就きたいという申し入れである。衆知のようにカリストは猜疑心や危機感が希薄で、他者を怪しんだり危険を予測したりということにまるで関心がないという無邪気さ(悪く言うなら脳天気さ)ゆえ、また何時、誰に襲われるか判らないからだ。
なので、誰かが可能な限りカリストと寝食を共に(四六時中ベタベタ)して常にその保護保全に当たるのが最上である、というのがイオの考えである。なにせカリストはゾンザイに野に放たれた技術利権のカタマリなのだ、前の一件のように、いつ何者かに略取されても不思議ではないのだ。
「い、いや、他意はないわ、絶対にっ!?」
ところが、カリストの身の安全確保=会社の利益を守ることに直結するであろうイオの申し入れは、あっけなく却下されたものである。もちろんイオは即座に異議を申し立てたが、会社側の回答は、是非には及ばない、従来通り通信と定期的な接触のみで任に当たれとの冷淡なものであった。
「……ワケが判らないわ……」
カリストとの同棲を密かに夢見ていたイオは二重の意味で落胆したものである。
とは言え、ふて腐れて終わりにするイオではない。基本的には職務に忠実な真面目な娘なのだ。イオはカリストを略取しようとアンドロイドを差し向けた組織(?)や、凌辱されたと言っても過言ではないほどの恥をかかせてくれたリリケラの素性なども継続して調査している。
もっとも、リリケラに関しては(ヴァレンタインも含めて)まったく調査にならなかった。調べるまでもなく明らかに会社に属する「何か」であることは容易に察しが付いたが、その関係なのか、上から猛烈な圧力をかけられてしまい調査を断念せざるを得なくなったのである。あの日以来、ヴァレンタインとの接触も途絶えてしまったため完全に行き詰まったカタチで放置だ。
一方、メアリを仕込んだり、カリストにアンドロイドを差し向けた連中については、ソコソコ調査が進んでいた。が、コチラも政治的・宗教的、両面から考えて大っぴらに調査を続けるのは難しそうだった。
「いや、まぁ、何というか……アレよ、イで始まってルで終わる国……まだ根に持ってるらしいのよね……2世紀も昔のことなのに……まぁ仕方ないと言えば仕方ないんだけど……」
アストラル技研は自己資本だけで成り立っているのだが、この資本の出所に問題があった。コレが原因で今でも某国の諜報機関などから攻撃を受けているのだ。どういうことかというと、これは表沙汰にはされていないことなのだが、会社の資本は100%「ナチスの隠し財産」で賄われているのである。
「ナチスの隠し財産」……第二次世界大戦末期、敗戦を免れなくなったナチスドイツは、来るべき再起を図るための元手となる莫大な財産を、ヴァチカンを通じて国外(主にアルゼンチンや南極だと主張されることが多い)に極秘裏に輸送・隠蔽したという「伝説」である。
その中にはロシアのエカテリーナ宮殿から持ち出した「琥珀の間」のような値段の付けられない美術品、伝説の中でしか存在し得ないと思われていたロンギヌスの槍や聖杯という貴重な聖遺物も含まれているとかいないとか。
何にせよ、国外に避難させた金塊や財宝や美術品は当時の価値で1億ドルは下らないとされ、また、個人の口座として開設された莫大な預貯金も巧みに運用され続けた結果、凄まじい利益を生み続けて今に至り、それがアストラル技研の資本となっているのである。
つまりアストラル技研は(たぶん)唯一現存するナチス直系の研究機関であり、武力行為を行える「最後の大隊」なのだ。
言ってしまえば、イオやカリストらはナチスの最後の尖兵であるとも言える。現に、故意にか偶然にか、カリストらに支給されている制服はパッと見こそ可愛らしいブレザータイプの学生服ではあったが、黒を基調とした硬質なデザインは明らかにナチスのSS士官服をモチーフにしたものであったし、胸元に取り付けられた社章には鉄十字(鈎十字ではない)が意匠されているのだ。
しばしラストバタリオンは、ナチスの非人道的な研究と人体実験の末に造られた不死身のSSで編成されているなどという、半ばSF、半ば悪趣味な都市伝説めいた逸話として語られることも多かったが、そういった意味では、まさしくロボットというカタチで「不死者の軍団」は完成していたのである。
会社自体がそういうバックボーンを持っているため、何かと秘密主義な面があるのは仕方がなかったが、ナチスの成れの果てとは言えアストラル技研が世界に及ぼす影響力は甚大である。未だに敵対勢力が脅威に感じ、隙あらば報復しようと画策しているのも頷けるハナシだ。
「22世紀も半ばなのにナチの残党狩りなんてねぇ……ほんっとシツコイわよね……」
もちろんイオもカリストも、他の多くのバイオロイドやアンドロイドたちも、そもそも会社理念そのものも、ヒトラーやナチスやファシズムを礼賛するものではない。むしろ博愛的ですらある。この2世紀ばかり採算を度外視して人類の文明の発展に努めてきたのだ(もっとも、会社の成り立ちからすれば、人類への贖罪の意味もあったのかもしれない)。
「……カリストなんかが野に放たれてるのも、なんかそういう事情が絡んでる気がするのよねえ……」
独り言を呟きながら、イオは敵対勢力の資料を黙々と調べ続けるのだった。
『ナチスの最後の大隊と言えば、連想されるのはヘルシングよね!』
「そだねぇ♪ でもウチの会社ってば、世界征服とか企んでるのかなっ?」
『まさかw 会社はナチスの遺産で運営されてるけど、世界征服云々ってよりも、ドイツ人らしいマイスター精神の発露……いわば民族的自己満足のために回っていると言っても過言ではないわね』
「ふうん、そなんだ~♪」
『ちなみにラボには完璧に修復したケーニヒスティーガー(ティーガーII)や、IV号戦車(F2型)が展示されてるわ。あんたの大好きなIII号突撃砲(B型)もレストアされてる。まったく意味はないんだけど、そういうことに血道を上げるような会社なのよ……』
「B型カワイイねぇ♪ G型じゃないトコがミソだねぇ♪」




