第2話
一心不乱にツチノコを探し続けること数時間が経過した。平素は集中力散漫で落ち着きのないカリストではあったが、こと自ら進んで行う趣味に対しては凄まじい忍耐力と集中力を発揮するのだ。
しかし昼過ぎにもなると、いよいよグウグウとお腹が鳴り始める。
「んう……お腹ペコペコ~♪」
さすがにと言うか、案の定というか、空腹感にだけは抗えないカリストはツチノコを探すのを休止して、持参したバスケットを抱えて芝草の上に健やかな両脚を投げ出して座った。ここが先だってリリケラに凌辱されかかった忌むべき場所であることを思い出したが、のんきなカリストはそういうことをまったく気にしない。
カリストはバスケットの中から自分で作ったドーナツを取り出しモニョモニョと食べながら、手にしたメモ帳にツチノコ探索の成果を綴る。自堕落な怠け者のクセに自分の趣味に関しては、こういうマメさも持っているのだ。
「えと……こっちのヤブとそっちの草むらにツチノコちゃんはいない、その痕跡もナシ……と」
もっとも、こんな狭範囲の局地的なデータが何かの役に立つとは思えない……ツチノコとて(実在することを前提に考えれば)ヘビの眷属なのだから、ひとつトコロにジッとしているわけがないのである。さすがのカリストもそんなことは百も承知なのだが、こうやって探索の足跡を残すこと自体が楽しいのであるらしかった。
さて、昼食なのか間食なのかハッキリしない食事を摂ったカリストは、そのまま芝草の上に寝転がり、まだ暖かな初秋の陽の光を浴びながらお昼寝を始めた。いつも良く寝てばかりいるカリストだが、昼寝も合わせると1日の半分以上は寝て過ごしている計算になる。フォローのしようもないほどに益体のないロボットだが、もはや「こうやって無為に日々を暮らす」というのがカリストに課せられた仕事のようなものなので、これに関してもイオは何も言えないでいるのだった。
どれくらい時間が経ったのか、カリストは少し肌寒さを感じて目を覚ました。目を擦りながら周囲を見れば、もう辺りは夕焼けで真っ赤に染まっている。
「ふわあ~……ちょと寝過ぎちゃったかも……帰ろっと」
ひとつアクビをしてモタモタと起き上がったカリストだったが、ふと何かの気配を感じ、動きを止めた。ソッと振り返り藪の中を凝視する……瞬間的に何か小さな生き物が藪と藪の切れ目をササッと過ぎったように見えた。
「……もしかして……」
カリストは息を潜めて藪に近寄る。カサカサと藪の下草が揺れうごめいている。何なのかは判らないが、とにかく何かの生き物であることは間違いなさそうだ。あるいはもしかすると……。
固唾を呑みながら藪の中を覗き込もうとした次の瞬間、唐突に「それ」がカリストの顔を目がけて跳びかかってきたのだ! カリストは「それ」の体当たりを見事に顔面キャッチして思わず悲鳴を上げ、シリモチを突く。
「むわあ!?」
顔を押さえた手のスキマからチラリと覗き見えたのは、まるでビール瓶のような形状の奇妙な生き物が猛烈な速度で藪の中へと逃げ込んでいく姿であった。
「ふわあ!? い、い、いまの……もしかして……!?」
機先を制されたカリストだったが、気を取り直すまでもなく素早く跳ね起きると転がるようにして藪の中に飛び込んだが、そこにはもう何者の姿も気配もないのだった。
『はあ!? ツチノコに襲われたあ!?』
MT越しに呆れ顔で相づちを打つイオ。
『で……姿は見たの? 小さなネコとかネズミとか、そんなんじゃないの?』
「みみみみ見たよっ!? ビールの瓶みたいなカタチで、スルスルっていなくなっちゃった! 手とか足とか無かったよっ!?」
興奮気味に真実を伝えようと必死なカリストであったが、イオは話半分ですらない。
『あ~そう、それは良かったわね。良かった良かった、おめでとうさん』
「も~! ホントなんだってば~!」
小さな握り拳をブンブンと上下に振りながら、もどかしそうに説明を続けるカリストであったが、イオはまったく信じていないふうであった。
『だいたい……ツチノコって日本にしか棲んでないんでしょ? そもそも当の日本ですら不確かな目撃談があるだけで、誰も生きたまま捕獲したことがないって聞いたわ……そのツチノコが何だってドイツにいて、しかも(たぶん)ドイツで唯一ツチノコの実在を信じて探している(奇特な)あんたの目の前に都合良く現れるってのよっ!?』
「そなこと言われたって……そんなの判んないよ~♪ 見ちゃったんだも~♪」
もうカリストの中ではツチノコの実在性は疑うべくもない厳然たる事実として成立しているのだ。