第1話
これより第3部となります。
想いを伝えあったとは言え、所詮カリストはカリストである。
また、イオも同様にイオである。
ブランデンブルク門の下、ついに互いの想いを通わせたふたりであったが、翌日からカリストは今までと同じようにイオに対して(深い意味もなく)大好き大好きとムードも何も考えないままに連呼し、イオは鬱陶しそうな恥ずかしそうな顔をして自分の想いを徹底的に隠蔽しながら、そんなカリストを窘めるという案配だった。
だからといって失望するとか落胆するとかいうワケでもない。どうやらふたりには今はコレで充分らしいのだ。互いが互いを想っているということが確認できただけで充分……というか、そんな事は始めから判っていたわけで、もう言葉を連ねてクドクドと確認し合うのも馬鹿らしいというか、気恥ずかしいというか、そういう心理であったらしい……気持ちの面では。
幼稚なカリストはともかく、イオは気持ち的には充分に満ち足りた気分ではあったが依然として悶々としたものを抱え込んでいた。許されることなら1日中でもカリストの傍らで過ごしていたかった。更に許されるなら、そのカラダ(ここで言うカラダというのは手やウデのことである)に触れていたかった。
「……だって勇気を振り絞って告白したんだから……それくらい望んだってイイはずよねっ!?」
とは言え、そんなことは「おくび」にも出さない、出せない。やっぱり恥ずかしい。
「……あのコの方から、もっとベタベタしてきてくれたらイイのに……」
酷い言い分である。先にも述べたようにカリストは溢れんばかりの好意でもってデレデレとイオに接触し続けているのだ。相変わらず朝に夕に通信しあい、週1ペースで顔を合わせているふたりであるが、いざ接近するとなるとイオは恥ずかしさの余り思わずカリストを押し退けたり逃げ回ったりしてしまうのである。
「こっ、こんなんじゃ、あのコに嫌われちゃうかもしれない……」
だが、何をどうすればイイのか良く判らない。
「……わ、判らないってワケじゃないけどっ……」
行動に移す勇気が出ない。何て切り出せば良いのだろう? あの子供っぽいカリストに……。
そう考えると、あの時、自らくちびるを捧げようとしたカリストを前にしながら、恥ずかしさからではなく、大切に想うがゆえに変に分別を発露してしまった自分を恨めしく思う。あんな千載一遇のチャンスは二度と訪れない気さえする……。
「あああ~! なにやってるんだろ私っ……!?」
その頃、当のカリストはイオの煩悶も知らず、先だってリリケラに襲われた湖の畔の藪の中でモゾモゾと這い回っていた。
「どこかな~? いるかな~? はずかしがんないで出ておいで~♪」
元から生命への憧憬の強いカリストではあったが、ことさら普通の人なら顔を顰めるような薄気味悪い生き物が好きなのである……生まれてこの方、昆虫や多足類、爬虫類や両生類を観察しては悦に浸るという不思議な習性があった。どうしてなのかはカリスト自身にも良く判らないのだが、生まれつきの嗜好なのだから仕方がない。
特に血道を上げているのはツチノコ探しである。かつてアルバイト先でアンドロイド・メアリにも同情心を込めて呆れられたことがあったが、カリストは頑なにツチノコの実在を信じて疑わなかった。
そもそもツチノコは旧世紀の日本でのみ存在が信じられていた幻の珍蛇である。日本以外での目撃談は皆無であるし、当の日本においても終ぞ生きたまま捕獲されることはなかった。ツチノコのものとされる寸胴のヘビの死骸は何度か回収されはしたが、その後の研究だの調査だのの結果が芳しかった試しはない……つまりは完全な捏造だったり、単なる奇形のヘビだったりしたものらしい。
無邪気で無知蒙昧なカリストではあるが、ツチノコの歴史や生態、目撃情報については独学で学んでいる。その際に、そういったツチノコの実在性を著しく否定する事情は知っていた。知ってはいたが、それでもツチノコの存在を確信している。
誰かが「いる」と言ったのだから、きっと「いる」……カリストとはそういう娘なのである。
「ツチノコちゃ~ん♪ どこかな~?」
やたらめったら藪の中を這いずり回るカリストは、誰がどう見ても間違いなく気が触れているようであった。イオも再三再四「くだらないし恥ずかしいからやめなさいよ」と警告しているが、それでもカリストは気にしない。結局のトコロはカリストのそういう奇抜な面も含めて好きなイオは、苦々しく思いながらも強く制止することはできずにいるのだった。