第5話
数日後の夕方、バイトに向かったカリストであったが、喫茶店には勝手口はないので客と同様に正面口から店内に入る。
「オハヨ~ございま~す♪」
「おう、お疲れさん」
今日も客の入りは悪いらしくオーナーは眠そうに目をショボショボさせながらカウンターの中で新聞を読んでいたが、顔を上げて店の隅の方をアゴでしゃくる。
「カリスト、お前さんを待ってる人がいるぞ……友達か?」
「ふぇ? わたしを?」
この街にカリストの友達や知り合いと呼べるような人はいない。まったく心当たりがなかったが、オーナーが促した方を見ると、年の頃は10代半ば……ちょうどカリストと同世代くらいの小柄な少女がテーブルについている。
どうやら学生らしく、街でもよく見かけるようなブレザー制服姿だ。ストレートの長い髪をツインテールに結んで、なかなか……というか、かなり可愛い部類だろうか。もちろんカリストの知らない少女である。
少女はカリストの到来に気付いたらしく顔を上げたが、カリストと視線がモロにぶつかったためバツが悪そうに再び俯いてしまった。
しかしカリストは意にも介さずズンズン接近する。
「こにちは~♪ わたしになんか用かなっ?」
「は、はぁ、まあ座って下さい」
少女は風邪でもひいているのか喋るのが苦しそうな感じだった。俯けた顔も真っ赤に紅潮しているのがカリストにも判った。
「ぐあい良くないの~?」
「い、いえ、何でもないんです」
カリストはまじまじと少女を見詰めてニッコリと笑う。
「……とってもとってもカワイイねぇ♪」
「なっ……!?」
唐突なカリストの言葉に絶句する少女。その隙を突くかのように、カリストは少女の対面ではなく隣に密着して座った。
もちろん少女はかなり驚いたように身じろぎする。
「なっ!? あん……なた、そっちに座らないんですか?」
「ふぇ? だってカワイイ女のコの隣のが楽しいんだも~♪ えへへ~♪」
まったく良く判らない主張だったが、少女は少し迷惑そうに苦笑いするばかりだ。
「あ、私、イオっていいます。カリストさんですね?」
「そだよ~♪ こにちは~♪ はじめまして~♪」
「は、はぁ、どうも……こ、こんにちは」
イオと名乗った少女の声はどうにも聴き取りにくいし、顔も伏せたままで表情がいまひとつ読めないが、かなり恥ずかしがっているようではあった。にも関わらずカリストは容赦なくギウギウとカラダを擦り寄せる。
「なっ!? あん……なた、そっちに座りなさ……座ってもらえます?」
「んう~?」
さすがのカリストもハッキリ言われてしまっては自重せざるを得ない。仕方なく言われたようにイオの対面に座り直す。
「そいで……?」
「は、はあ……唐突で何なんですが、要は、あの、私と知り合いになってくれませんか?」
「知り合いって……おトモダチになるってことかなっ?」
互いに言っている事が変と言えば変だが、カリストは嬉しそうだ。
「あ、お友達っていうか、知り合い程度でイイんですけど」
「せっかくカワイイ女のコと知り合いになるんだったら、おトモダチのがイイんだけどなぁ……おトモダチにしよ~よぉ?」
「じゃ、じゃあそれでイイです」
イオはカリストを押し切る事を早々と諦めたようだったが、嬉しいような悲しいような何とも言えない微妙な表情だ。
カリストはてれてれと笑うと再びイオの隣に座り直した。
「えへへ~♪ うれし~い♪」
「あ、あの、理由とか訊かないんですか?」
「理由なんてど~でもイイよ~♪ カワイイ女のコとおトモダチになれるんだったら、なんでもイイんだってば~♪」
カリストは「何か」のスイッチが入ってしまったようで、フニャフニャしながらしきりにイオにカラダを擦り寄せ始めた。
「なっ!? あん……なた、少しは遠慮しなさ……してください」
「せっかく会えたんだも~♪ はぁ……いいニオイ……♪ イオ♪ イ~オ~♪」
カリストは夢見るような表情でイオに抱き付きながら、その細い首筋に顔を押し付けてサワサワと全身を撫で始める。良く考えたら、こんな風に誰かとスキンシップ(?)するのは生まれて初めてのような気がしたが、傍目にはかなり過激な行動に見えなくもない。
カリストの突飛な行動に不意を突かれたのか、しばらく何のリアクションも取れないでいたイオだったが、ややして我に返ってヒラリと身をかわし立ち上がった。
「な、なんだか思ってた以上に変わった人ですね……あなた」
顔を真っ赤にしながら戸惑ったように言うイオ。ただ、その表情からはカリストを嫌悪しているような様子は感じられなかった……むしろ微かに笑みさえ含んでいる。
「あなたの出勤日にまた来ます……じゃあまた」
しばらくポカンとしていたカリストだったが我に返り、嬉しそうにウンウンと頷く。
「うん♪ 待ってるよ~♪ また来てね~♪」
イオを見送り店内に戻ったカリストだったが、オーナーは居心地が悪そうな顔をしている。
「……お前さんの友達だったのか?」
「うん♪」
「……その、なんだ……お前さんは、そういう趣味だったんだな……どこか変わったような所があると思っていたんだが……まあ気にするな……こう見えて俺も昔は色んな連中と付き合いがあったしな、そういうのには理解がある……」
「まいすた~? 言ってることよくわかんないよ~?」
その夜。
『……きょ、今日は何か変わったことあった……?』
「うん♪ 新しいおトモダチできたよっ♪」
『へ、へぇ……どんな……?』
「まだよくわかんないけど……とってもとってもカワイイ女のコだよっ♪」
『そ、そう? それだけ?』
「えとねぇ、髪がキレイで、お肌がスベスベで、すっごくいいニオイがしたよっ♪」
『ほ、他には?』
「んとねぇ……あ、でもねぇ、おムネはちっちゃかったかも」
『なっ!? あ、あんたよりは、ずっと大きいわよっ! たぶん3倍はあるわよっ!』
「??」
『……ま、まあ、何にしても……あんたみたいなヘンテコと仲良くしたいだなんて、とても立派な女のコよね! タダでケーキとか食べさせなさいよ?』
まるで我が事のように語るエンケラティス。いちいちカリストも納得する。
「うん♪ ケーキとかパフェとかおイモとかドングリとか食べさしたげるよっ♪」
『いくらなんでもドングリは食べないわよ……』