第5話
カリストが言うには、どうやら22時を回ったとのことであった。なんだかんだ言いながらも、今ではイオはカリストの体内時計をアテにしている。
もっとも今回に限っては「腹時計」ではなく、それとは別な、しかしカリストらしい肉体作用による推論であった。つまりカリストは眠い。夜の10時ともなれば、子供の寝る時間である。
イオは少しばかり気分が高揚していたため眠気は感じなかったが、カリストはしきりにアクビしたり顔を擦ったりし始めていた。
「ふわあ……ちょと眠いかも……」
「ロボットなのに何で眠くなるのよ……不条理だわ……」
「寝ないとバニシングモータが焼けちゃうよ~?」
「し、知ってるわよっ! それくらい! ……ね、眠たいなら勝手に寝なさいよっ!」
イオに言われるまでもなくカリストはフロアに寝そべっていたが、やたらと眠い眠いと言う割には落ち着きなくゴロゴロと転がっていた。
「あんたさ……ずいぶん落ち着きないわね……」
「んう~? 眠たいんだけど、なんかじょうずく寝られないんだよねぇ……」
「……まぁ、毛布も枕もないし、室内灯は全開だしね……寒くはないけど……」
クッション材が敷き詰められたフロアは、そのまま寝転がってもマットレス程度の役割は果たしてくれはするが、他に寝具に替わるモノが無いのだ。カリストは自分のムネを抱くようにして転がっていたが、恥ずかしそうな笑顔を浮かべてイオに告げる。
「ギウギウってイオと抱き合ったら、じょうずく寝れると思うんだよねぇ♪」
「いい? あんたはそっちの隅っこで寝なさいよ? 真ん中からこっちに来たら怒るからね?」
「独りだと寂しくて寝らんないよぉ」
「ウソ言わないのっ!? なんで薄笑いなのよっ!?」
と、イオがそこまで言ったところで唐突に消灯した。
「ふぇ!?」「ふっ!?」
余りに突然に降って落ちたような暗黒にふたりは揃って詰まったような短い悲鳴を上げる。自分の鼻も抓めないほどの漆黒とはこのことだろうか。
「なっ!? もう、ビックリさせないでよ……何やってるのよ会社はっ!?」
「でも、やっぱしもう寝てもイイってことだよねっ♪」
暗闇の中、カリストの声が非常に近い位置から聞こえた気がした……イオは悟られないように壁に沿って室内を移動し、カリストが最後にいた場所から離れるように位置取りする。
「イ~オ~? ど~こ~?」
「どこにいたってイイでしょ!? どうせ近付いたら抱き付いてくるつもりでしょ!?」
「えへへ~♪ イ~オ~? ギウギウって抱き合って寝よ~?」
「さっさと黙って寝なさいよっ!?」
相変わらずカリストの言動に何とも言えない不安を感じるイオ……もしかして、このコって、女のコじゃないとダメなのかな? それとも本当に単にコドモっぽいだけ?
「ねえ?」
「なあに~?」
やはり随分と近い位置でカリストの返事が聞こえた。
「あんた! 移動してるわねっ!?」
「そだよ~♪ イオとギウギウってしたいんだも~♪」
「いいからソコで黙って寝てなさいよっ!?」
「どして~?」
「どうしてもこうしても……もうイチイチ説明させないでよっ!?」
暗闇の中で(なぜか)声を潜めながらモショモショと言葉を交わすイオとカリスト。
「イオってば、わたしとギウギウってするのイヤ~?」
「イヤっていうか何ていうか……は、恥ずかしいでしょ!? 女のコ同士で、そそそんなの!」
「わたしは恥ずかしくないけどなぁ……」
やはりカリストの声が次第に近付いてくるような気がして、壁づたいに動き回って回避運動するイオ……内心では嫌いじゃないのに、こればかりはどうにも恥ずかしい。それに監視カメラとか付いているかもしれないと思うと気が気ではなかった。
「お、女のコは人前で恥ずかしいこととかしないのっ!」
「だから~♪ わたしってば恥ずかしくないんだってば~♪」
「お、女のコは他人の心情とかもキッチリ読まないとダメなのっ! 自分が良くったって相手にとってはイヤなことかもしれないでしょ!?」
「……やっぱしイオはわたしとギウギウするのイヤ~?」
「……水掛け論だわ……あんたって意外と喰えないとこがあるのね……」
「……えへへ……うん……そかも……ねぇ♪」
「なんか良く判らない1日だったわね」
「……うん……なんか疲れちゃったねぇ……」
「こんなんで試験って呼べる? もっとキチンとした会社だと思ってたのに!」
「……うん……そだねぇ……でもイオと……逢えたよ……」
カリストの口調がグニャグニャしてくる。
「……イオに……逢えたから……わたし……それだけでシアワセ……♪」
ようやくカリストの声が遠くに感じられるようになった……距離的なモノもあったが、カリストがついに眠気に抗えなくなってきたためでもあるらしい。
「……もう限界? 寝ちゃいそう?」
「……んう……まだ起きて……んう……」
「ねえ? カリスト? ねえ? 寝ちゃった?」
「……ぐう……」
カリストの寝息が聞こえる。
なぜかイオは少しだけ残念に感じるのだった。