第3話
リミッターが掛かっているためイオには正確な時間を計ることはできなかったが、おおよそ体感で数時間が経過したと思われた。
「何時間待たせるのよっ!? だいたい、いま何時なのよ!?」
「まだ2時間ちょとしか経ってないよ~? 今はお昼ちょと過ぎかなっ?」
相変わらず気の抜けたような様子のカリストに、イオはボソボソ応じる。
「……な、なによ? 私も正午ぐらいだって思ってたわよ……だ、だいたい、なんで判るのよ……?」
「えへへ~♪ おなかのペコペコ具合でわかるよっ♪ 10時のおやつ食べてないまんまお昼ゴハンの時間になったときのペコペコ具合なんだよねぇ♪」
「あーはいはい、そりゃロボットらしい素晴らしく便利な機能ね」
9割9分はアテにしていなさそうな気の入ってない相づちを打つイオ。ただ、実際のところはカリストの“腹時計”は非常に正確な時間を指していた。
更に何事もなく数時間が経ったものらしい。カリストが言うには“3時のおやつ”の時間であるらしかった。
「……おなかペコペコ~。お水も飲みたいなぁ」
「が、我慢しなさいよっ! 女のコでしょ!?」
正直、イオも空腹は感じていたが、それを押し殺してカリストを窘める。「女のコだから我慢しろ」というのは自分でも意味が判らない理屈だとは思ったが、真面目なイオは女のコがそういうことをクチにするのを「はしたないこと」だと考えていた。しかし、そんなイオの思惑など知ったことでないカリストは、唐突に顔をテラテラと輝かせながら突拍子もないことを言う。
「ねぇねぇ♪ チュッチュってして、ヨダレ舐めっこしよ~?」
「はあ!? な、なに言ってるのよっ!?」
「お水の代わりにヨダレ……」
「ば、バカっ!」
冗談なのか本気なのか、依然としてイオはカリストの思考を図りかねていたが、その頃にもなると随分と親しみつつあった。さすがのイオもイライラしながら無為に待つだけの時間に耐えられなくなったらしく、しきりにカリストに話し掛けるようになっていた。
「だ、だいたい、私らバイオロイドなのよ? 確かにお腹が空いたり喉が渇いたりはするけど、絶対に死んだりしないわ! 我慢するのっ!」
「そいじゃヨダレいらないから、チュッチュってだけしよ~?」
「あんたねえ! チュッチュってする以外に何か思い付かないの!?」
顔を真っ赤にして喚くイオにカリストは更に油を注ぐ。
「そいじゃ、おムネ触ら」「ば、バカっ!」
どこかピントのずれた、それでいて即答妙味なカリストの喋りは、正直なところ面白かった。丁々発止とでも言うか、どこかしら話していて心地良い空気がある。
「……あんたって、何だか変わってるわ……」
「そっかなあ……そっかもねぇ♪」
舌っ足らずな口調で気分良さそうにホエホエと笑うカリスト。少しだけささくれ立っていたイオの気分も、いつしか穏やかに落ち着いていたのだった。
だが、待てど暮らせど試験の開始を告げる知らせはない。カリストとの会話で幾らでも気は紛れたし、イオは意識的に試験の事を考えないようにはしていたが、それでも限度はある。焦りや苛立ちを通り越して今度は心配になってくるのだった。
「まさか……私ら、忘れられてるんじゃないでしょうね?」
「きっとだいじょぶだよ~♪」
「どうして断言できる?」
「だって、イオもわたしも、とってもとってもカワイイんだも~♪ 1回でも見たらずっと忘れらんないよっ?」
「……どこから湧いてくるのよ、その妙な自信……」
呆れながらも「イオもわたしもカワイイ」と、自分を含めてくれたことが少し嬉しい。
私ってカワイイのかな? それならカリストの方がずっとカワイイと……何を考えてるんだ私は。
「カワイイったって、他の人やバイオロイドに逢った記憶がないから、相対的に判断できないじゃない?」
イオがもっともな主張をしてみると、カリストは意に介さず言う。
「うん♪ わたしの絶対的主観でハンダン~♪」
それから少しだけ残念そうな顔でイオを見た。
「……でもねぇ、ちょとだけイオに残念なトコがあるんだよねぇ……」
「なっ!? ふ、ふん! ど、どうせ私はカワイくないわよっ!」
改めて言われてみると、腹が立ってくるから不思議なモノだ。こんなことなら「あんたの方がカワイイ」なんて考えるんじゃなかったと要らぬ後悔までする。
そんなイオの心中を知るよしもないカリストは、どこからともなく輪ゴムを2本取り出し、ずいっとイオの傍に寄った。輪ゴムを差し出しニコニコしながら言う。
「えへへ~♪ イ~オ~♪ そのキレイな髪、ツインテールに結ってくんないかなっ?」
「えっ? ……ま、まぁ、別にイイけど……髪型なんてどうだって……」
実際、特に自分の髪型を気に留める事さえしていなかったイオは、カリストに勧められるまま輪ゴムでツインテールを結わえる。
「こう?」
「んう~? ちょと違うんだよねぇ……えと、髪全部を結うんじゃなくって、前髪とかちょと残して……」
そんなことを言いながら、いつの間にかカリストは手が出てイオの髪を触り始めた。
「ふわあ~♪ イオの髪、サラサラしてて、とってもとってもイイニオイがするよっ♪」
「なっ!? ちょ!? わざわざニオイなんて嗅がないでよっ! 気持ち悪いっ!」
そんなことをやっているうちに、カリストはカリストが望むようにイオの髪をツインテールに結い始める。案外と手際よく、亜麻色のストレートロングの髪の一房ずつを左右から垂らすように結わえたのだった。
「うん♪ とってもとってもカワイイよっ♪ わたしってば、あんまし髪長くないからイオが羨ましいなっ♪」
「う、うん……鏡がないから判らないけど、あ、ありがとう……」
結わえてもらったツインテールに触れながら、気恥ずかしそうにはにかむイオ。