第2話
滑り落ちてきた「相手」はイオのアタマに思いっきり頭突きを喰らわせた。
「おぶっ!?」「むわあ!?」
アタマ同士がぶつかる鈍い音と共にふたりは同時に悲鳴を上げて、即座にその場に卒倒して無言で悶絶を開始する。
一頻り悶えてからイオは立ち直り涙目で叫んだ。
「なっ、何なのよっ!? どんだけ石アタマなのよっ!?」
そして見れば、そこで七転八倒しているのは自分と同じ白無地のワンピースを着た小柄な(と言ってもイオも充分に小柄だが)、イオよりも幾分か幼げな少女だった。
「むわあ~!」
「……こ、子供? これでバイオロイド?」
いまだ悶えながら転げている同胞の姿にイオは訝しげな視線を投げかけ思わず呟いたが、それを聞いた途端に少女はムクリと起きあがり、イオを見てニコリと微笑む。
「アタマとアタマがブツかってもカラダが入れ替わらないんだねぇ♪」
「……あんた、よっぽど打ち所が……」
「こっちこっち♪」
「……なによ?」
ちょっと訳の判らないことを呟いてから少女はイオを手招きする。特に深く考えずに、イオは言われるままに少女の傍へ躙り寄った。
「……あっ!?」
思わず叫び声を上げるイオ。なんと瞬間的に抱き付かれていたのだ。
「やあっとオトモダチに逢えたよっ!」
少女はイオにギウギウ抱き付きながら、涙声で告げる。薄い布切れ越しに、柔らかな肌と肌とが触れ合っているのが判った。
「だあい好き~♪ ねぇねぇ、ギウギウってして~? チュッチュってしよ~?」
「な、なに言ってるのよっ!? 離れなさいよっ!」
イオは少女の突拍子もない(というか半ば錯乱しているとしか思えない)提案を足下に退け、これを引き剥がす。
「じ、自己紹介もしてないのに、と、突然に抱き付くなんて、し、失礼だと思わないの!?」
「んう~?」
少女は少し困ったような笑顔で誤魔化そうとしているが、改めて見直すと、外側に跳ねた真っさらなブロンドと蒼い明るい瞳が印象的な、その突飛な行動にそぐわない妙な高貴さというか、気品というか、不思議な魅力のある美しい少女だった。イオは自分のムネがドキドキと高鳴っているのに気付く。
「な、何にしても、どうやら私とあんたで“試験”を受けることになったみたいね」
「試験とかイヤだなぁ」
少女は微妙にズレたようなセリフを呟いて、再びイオに笑顔を返す。
「えへへ~♪ こにちは~♪ えと、わたし、カリスト、ヨロシクねっ♪ 16歳だよっ♪」
「16歳? 同い年? ふ~ん、“それ”でねえ? 私はイオ……よ、よよよよろしくね!?」
自己紹介を交わすと、その幼い「同胞」は再び抱き縋ろうとしてきたので、それを察したイオは素早く距離を取ったのだった。
それからややして再び人工音声のガイダンスが流れてきた。
『試験の準備にトラブルが生じたため遅滞します。次の指示があるまで待機しているように』
「んえ~? トラブル~?」
「何よ……会社もたいしたことないわねっ!?」
何もない部屋に押し込められ、いい加減に飽きてきていたふたりは揃って不満げな声を上げたが、それでも待てと言われれば待つより他にない。ふたりはそれぞれ少し離れた位置に座って、指示に従う。
が、それほど時間も経たないうちにカリストの忍耐は早速と限界に達したようだった。床に寝そべり鼻歌を歌いながらコロコロと転がり始めた。
「ふんふんふ~ん♪」
「……あんた、ちゃんと待機してないさいよ……」
だらしないカリストを窘めるイオだったが、カリストはモソッと上体を起こして言う。
「ねぇねぇ♪ イ~オ♪」
「……気安く呼ばないでよ、馴れ馴れしい……何よ?」
それほど意味があるわけでもないのに敢えてムッとしながら応えるイオだったが、カリストは気にもせずに満面の笑顔で告げる。
「イオってば、とってもとってもカワイイねぇ♪」
「なっ!?」
それからカリストは動揺しているイオに向かって、再びコロコロと転がりながら言う。
「昔のことは忘れちゃったけど、いま、イオのことが一番だあい好き~♪」
「そんな珍奇な移動方法で近寄ってこないでよっ! 薄気味悪い!」
「ねぇねぇ♪ ギウギウってして~? チュッチュってしよ~?」
「なっ!? お、女のコ同士で、そ、そんなこと……! 試験だって始まるのにっ!?」
イオにしてみれば、カリストは完全にイカレているとしか思えなかった。
「……あんた、本当にバイオロイドなの?」
「そだよ~♪ イオとおんなしバイオロイドだよっ? XX47cz-EgII-S、イョフィエルだよっ?」
部屋の中を縦横無尽に転がりながら応えるカリスト。型式から言えばイオとカリストは双子と呼んでも差し支えないほど近似の姉妹機ということになる……とてもそうとは思えなかったが。
ややしてカリストは転がることにも飽きたのか(元より楽しい行為とも思えなかったが)、部屋の隅に座り込んで黙る。イオがチラチラと見るたびにニコリと笑顔を返した。
そうして、かれこれ1時間あまり経っただろうか。なかなか試験の開始を告げるガイダンスは流れない。気の短いイオは部屋の中を右往左往し始めていたが、カリストはと見れば、この1時間、ほとんど同じ場所で座ったり寝転がったりしながら相変わらずニコニコしていた。
「あ、あんた、どう思う、これ? 試験っていつ始まると思う?」
「そんなのわかんないよ~? 待っててって言われたから待ってるしかないよねぇ♪」
よほど底抜けののんき者なのだろうか、カリストは無為に待たされていることを意に介してないどころか、むしろ楽しげですらあった。
「むつかしい試験とか受けるより、こやってゴロゴロしてるのが楽しいけどなぁ♪」
「はあ!? これが楽しい!? なに言ってるのよっ!?」
カリストの脱力しきった態度に苛立ち、思わず厳しいことを口走るイオ。
「あんたさ、ちょっとアタマおかしいんじゃない!?」
「カワイイ女のコと、ふたりっきりで閉じ込められてるんだよっ? 楽しいよねぇ♪」
「……もうイイわ……なんだか相手をするのがバカみたい」
余りのカリストのアタマの緩さに気の抜けたイオは、そのままそっぽを向いて座り込むのだった。
「ねぇねぇ♪ えへへ~♪ イ~オ~♪」
「なによ?」
「イオってば、お名前もカワイイねぇ♪ IOだよっ? たった2文字2音なのに、とっても気持ちイイ響き~♪」
「なっ!? ほ、褒めてもらったって何も出ないわよっ!?」
「えへへ♪ なあんもいらないよっ? こやって見てるだけでシアワセ~♪」
「……な、なに言ってるのよっ! ば、バカぁ!」