第19話
イオとカリストは観光バスなどでベルリン中をグルグル回ることにしたが、まずは落ち合ったブランデンブルク門のあるパリ広場からほぼ真西、新緑の木々に覆われた大ティーアガルテンを抜ける「6月17日通り」に向かう。清々しい木立を眺めながら徒歩で移動し、戦勝記念塔を目指した。
戦勝記念塔もまた、ブランデンブルク門に匹敵するほど歴史のあるベルリンのシンボルである。全高67メートルの塔の頂点には陽の光を眩しく反射する勝利の女神が荘厳に立ち、ベルリンとドイツを見守っている。
イオとカリストは展望台に続く285段の螺旋階段を昇ることにした。
「あ、あんたが先に、あ、上がりなさいよ?」
「どして~? いっしょにおテテつないであがろ~?」
「わ、わわわ私は、ううう後ろから上がるからイイのっ!」
イオは強硬にカリストを先に行かせようとする。
(見えそうで見えなくて気が変になりそうなんだからっ! ここなら絶対に……)
明らかに良からぬも微笑ましいイオの奸計にカリストは疑うべくもなく引っかかった。
「うん♪ そいじゃ、わたしが先に上がるねっ♪」
そう言ってカリストは階段を昇りはじめ、なぜか少し首を竦めたイオがそれに続く。
「はあ、はあ……昇るの、ちょとタイヘンだねぇ♪」
「はぁ、はぁ♪ え? ええええ、まままあねっ!?」
ふたりの少し上気したような呼吸の原因は明らかに異なっていたが、カリストは訝しがりもせずに、展望台から東に伺えるブランデンブルク門を指差し、イオに微笑みかけるのだった。
「ふわあ~♪ とってもとってもよく見えるよっ!」
「う、うん、とっても良く見えたわ」
その後、ふたりはカリストが以前ベルリンに来た時に眺めるだけにして我慢した幾つかの名所を見学して回ったり、ちょっとした軽食を摂ったり飲み物を飲んだりアイスクリームを食べたり。
もちろんカリストは何を見ても大喜びだったが、気が付くとイオを見つめている。いつしかイオも自然に素直にカリストの手を握っている。さりげなく瞳を交わし、頷き、微笑み合う。互いに何も意識することなく一緒にいられることが、とても幸せだった。
美しいふたりの少女は、まるでつがいの小鳥のように、与えられた時間の中を寄り添いながら自由に翔び回った。
だが、愛おしい一瞬が永遠に続くことはない。西日がベルリンの街を赤く染め、予約していたレストランに連れ立って入る頃にはイオは少しだけブルーになっていた。
(……こうやって一緒にいられるのに、どうしてこんなに切ないんだろう?)
会社関係者だということもあり、滞りなく次々と運ばれてくる豪勢なディナー。記憶にある限り本格的なディナーコースなど見たことの無かったカリストは感激しきりの様子だ。
「ふぇ~! とってもとってもおいしそだねぇ♪」
「う、うん……そうね。遠慮しないで……っても、あんたが遠慮するとは思えないけど、好きなだけ食べてね」
ふたりは子供用シャンパンで乾杯して、料理を食べ始めた。容赦なくガツガツと行くのかと思いきや、意外にもカリストはテーブルマナーに則った美しい食べ方をするので、イオは内心で舌を巻く。
(……なんだかカリストのことが良く判らない時があるな……)
確かに平素は天真爛漫で無為無策に生きているように見えるカリストだが、時に淑やかで極めて育ちの良い高家令嬢を思わせるような所があった。俗世界から隔別されて養育された、穢れのない純真無垢な箱入り娘……そう思わせるような部分が。
「このコリアンダーとルコラの冷製サラダ、オイシイねぇ♪」
「う、うん……(ルコラって何?)」
イオはアルコールに弱いというカリストに密かに酒を盛り、前後不覚にして自室に連れ込もうかという随分と思い切った奸計を一瞬だけ思い付いたが、ニコニコと嬉しそうに行儀良く食事をしているカリストの姿を見るにつけ、おのれの浅ましさを恥じる。
(やっぱりカリストを騙したり付け込んだりするのは良くない……あんな卑劣な方法で、パパパパンツとか見たって……)
じゃあ堂々と見るなりやるなりすれば良いのだ、とは恐ろしくて考えも及ばない。全てを奪ってしまいたいほど愛おしいのに、やっぱり何も言えない、何もできない。ロボットなのに、要らぬ部分で随分と細やかに創られたココロとカラダが恨めしくもある。
この想いの行き着く先は何なんだろう? 私はカリストをどうしたいんだろう?
それは良く判っていた。自覚している。リリケラに指摘されるまでもなく、それを望んでいる。今までは気持ちを覆い隠して気付かないフリをしていただけで……もうここ数日、考えることはそればかりだった。だが、何よりも先に互いに想いを交わさなくてはならない。いくら願うままに生きることの素晴らしさを理解したとしても、その……物理的な行動は、その後だ。そこはかとなく自分の中に沸き上がっていたカリストへ向けられた暴力的な衝動を、イオは独りで押し込める。
(そんなの、あのリリケラとかいう得体の知れないのと同じじゃないっ!? 私は絶対にカリストを傷付けたりしない!)
「イ~オ~♪ こっちのクラムチャウダーもオイシイよっ♪」
どう考えても今の私とカリストは幸福だ。互いを「想いの鎖」で緩く結び付け、決して背を向けることはない。それだけは間違いなく確信できる。
「う、うん……うん! とっても美味しいわよね!」
少しだけ割り切れたイオは、ようやく笑顔でカリストに応じるのだった。
「イオのおパンツは白と青緑色のシマシマおパンツ~♪」
「なっ!?」
「ツインテのツンデレちゃんに最適おパンツ~♪」
「っていうか! どうしてあんたが知ってるのよっ!? ま、まさかあの変態から聞いたんじゃないでしょうねっ!?」
「ふぇ? 違うよ~♪ さっきイオのスカート、ちょとだけ捲って見ちゃったんだよねぇ♪」
「い、いつの間に……(この図太さが欲しいっ!!)」
「第2部は次でオシマイだよ~♪」