第17話
ふたりは抱き合い、見つめ合い、抱き合い、見つめ合う。
何か言いたいこと、言わなくてはならないことが互いに山ほどあったはずだが、もう全部が飛んでしまった。お互いの顔を見ただけで何を想っているのか通じ合う……それは勘違いや勝手な思い込みなのかもしれなかったが、少なくとも今、イオとカリストの間ではそれが成立しているらしかった。
「カリスト……私ね……」
「えへへ……なあんにも言わなくてイイよっ……でもねぇ、わたしねぇ、イオ……」
「イイわ、カリスト、言わなくても判ってる……」
傍目にはまったく意味の通らない言葉を疎らに交わしながらも、ふたりは微笑み見つめ合っては、ギウギウと抱き合う。そこから先には進まないのだけれども、こうするより他に適切な気持ちの表現方法が(少なくともカリストには)判らなかった。
やがてどちらからともなく嗚咽を漏らし始めて、最終的にふたりは抱き合ったまま子供らしくワアワア泣き出す。笑顔で泣く。そして、どうやらこれを以てして仲直りの儀式とすることになったのだった。
「イ~オ~♪ 泣いてるお顔もカワイイねぇ♪」
「あ、あんたの方が泣き顔はカワイイわよっ!」
「イオのがカワイイよ~♪」
「あんたの方が、ずっとずっとカワイイのっ!」
「イオのがカワイイんだってば~♪」
「あんたの方が絶対にカワイイのっ! そ、そうじゃないと……私が困るのよっ!」
何を言ってるんだ私は……イオは自分が可笑しい。これ以上の好機は無いと思えるくらいの好機なのに、それでも「もう一声」が言い出せない自分さえも愛おしかった。
私と、カリストと、ふたりで一緒にいられる。お互いが望む限り、いつまでもずっと。
「ほ、ほらぁ! いつもみたいに笑いなさいよっ! カリストっ!」
「笑ってるよ~♪ 嬉しいのに涙が出ちゃうんだよ~♪」
ありがとう、カリスト。
そんなふたりの様子を少し遠巻きに眺めながら、ヴァレンタインはタバコに火を点けてヘリが去っていった東の空を見る。少し溜息をついて、アタマを掻いた。
「……またティアに文句言われるんだろうなあ……どう考えてもオレが悪いワケじゃないんだけどな」
好きでやっていることとはいえ、どうにも貧乏クジを引いている気がしないわけでもないヴァレンタイン。自嘲に自嘲を重ねる自分に、やはり自嘲する。それでもカリストとイオを護ることができたことには満足していた。
「……リリケラ、もしかして憎まれ役を買って出たのかな? いや、まさかね……もしそうだったとしても……半分以上は趣味と実益を兼ねて、だろうな」
その頃、当のリリケラは眼下を過ぎていくポツダム-ベルリン間の風景を退屈そうに眺めていた。あの淫猥で悪趣な立ち振る舞いが嘘のように、どこぞの少し不機嫌な貴族令嬢を思わせるような気品に満ちた物憂げな表情だ。まるで先程までの記憶を失っているかのようにさえ見える。
操縦席に座っているのはリリケラやアスタルテと同じメイド服を纏った、見た目は10代半ばを少し過ぎたかという年頃の少女だ。銀糸のような美しいストレートロングの髪、冷たく射抜くような金色の瞳、怜悧さを秘めた秀麗な顔立ち……やはりアスタルテやリリケラと同様、この世のものとは思えない、超俗したような容姿と雰囲気を漂わせていた。
リリケラは一瞥もせずに、上の空のように言う。
「ねえ、サイベル。ヴァレンタインが、あなたはムネが大きいから好きだと言っていたわ」
サイベルは一瞬だけ自分の大きな胸に目をやってから、顔色ひとつ変えずに淡々とした口調で応じる。
「それがヴァレンタインさまの真意だとは思えません」
「……ああ、そう。私は羨ましいわ、“それ”が」
ムッツリと返すリリケラだったが、しばらく黙った後、ようやくサイベルに向き直る。
「サイベル、あなた、怒っている?」
「なぜですか?」
サイベルは前方を凝視しながら、あくまでヘリの操作に集中しているように見えた。それほど興味なさそうにサラリと応じるばかりだったが、リリケラは構わず続ける。
「私がカリストに乱暴しようとしたこと」
「済んだことですから、今さら咎めても仕方ありません」
「あなたが本来の務めを果たそうとしないから、こうなったのかも?」
「……わたくしは、ただカリストさまの幸福を願うだけです。紆余曲折こそあれ、結果的にカリストさま心身共にご無事で、イオさまと再び心通わすことができたのですから、わたくしはそれで充分です」
「嘘おっしゃい……本当はカリストに逢いたかったと思うのだけれど?」
リリケラの声色には明らかに若干の憐憫が込められていた。
それでもサイベルは前方を向いたまま、ひとつ間違えれば無表情・無感情だと思われかねないほど怜悧な表情を僅かに崩すことさえなく、毅然とした口調で応える。
「わたくしの願いや望みは問題ではありません。カリストさまが望むよう幸福に健やかに日々をお過ごしになられれば、それがわたくしの本望です」
「そう……それならば良いのだけれど」
リリケラは何を言っても動じないサイベルを特に不愉快に感じるわけでもなく、コクンと大きく頷き、再びしばらく沈黙の後に思い出したかのように呟く。
「それにしても、あのコ、これからどうするのかしらね。あなたやヴァレンタインが言うように、ずっと好き勝手に野放しにしておくの? 私にはそれが良いとは思えないんだけど……」
「…………」
それにはサイベルは応えず、黙ってヘリを飛ばし続けるのだった。
「イ~オ~♪ わたしのこと助けにきてくれたんだね~♪」
「あ、あくまでも職務上の義務でなんだからねっ!? かっ勘違いしないでよねっ!?」
「イ~オ~♪ 絵に描いたよなツンデレちゃんでカワイイねぇ♪」
「なっ!?」
「そいでねっ? ちょと教えてほしいんだけど、メイドちゃんが言ってた“イケナイこと”ってば何なのかなっ?」
「ブフォ!?」
「次話からエピローグになるよ~♪」