第13話
若干ですが卑猥・性的な表現が含まれます。
ご注意下さい。
こんな森の中にメイドさんがいるのは不自然だ。というか、今のご時世にメイドさんそのものが珍しい。それこそカリストのようにアルバイトとしてメイドの形をする程度であろう。
ところがカリストの前に現れたメイド少女は、それこそ明らかに本物のメイドさんの風格があった。メイド服もチープな作り物っぽさの感じられない本格的で高級なゴチック様式である。カリストは知るよしもなかったが、それはヴァレンタインの「寝床」で侍立していたアスタルテが着ていた物と同じデザインであった。
ただひとつ問題があるとすれば、そのメイドさんは明らかに子供だったことだ。ヘタをすればカリストよりも幼い……10歳になるかならないかくらいの年頃に見える。ある種の高慢ささえ感じられる気品のある顔立ち、長く美しいブロンドの髪、透き通るような色白の肌、容易に折れそうなほど華奢な体躯……そんなまるで「お人形さん」のような美幼女メイドさんがカリストの目の前に立っているのだ。
「ふわあ~♪ メイドちゃんだ~♪ ちっちゃくてカワイイねぇ♪」
様々な疑問や不審な点をスッ飛ばして、カリストは実にカリストらしい第一声で応じる。だが、それを聞いた美幼女は、その佇まいからは想像もできないほど酷薄な笑みを浮かべ、鈴のような美しく可愛らしい声でもって真っ向からカリストを罵倒した。
「話には聞いてたけど、あなたって本当に愚かなのね……哀れなほどに」
「んう……」
さすがのカリストも、これには違和感というか尋常でないモノを感じずにはいられない。イオも言っていたように、また何者かが自分を浚いに来たのだろうと直感する。だが、前と違ってカラダの自由は利くし1対1だ、その気になれば逃げることも……。
「前もって言っておくけど逃げようなんて考えるだけ無駄よ。私とあなたの性能差は比較するのも愚かしいほどに差があるから」
美幼女はカリストの心中を見透かしたかのように自信満々に言い放ち、ゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる。そんなことを言われるまでもなく、カリストはまるでヘビに睨まれたカエルのように体が竦んでしまい、すでに逃げる気を失っていた。
「そんなに怖がらなくても良いのに。私とあなたは家族みたいなものなのだから……」
そして美幼女はついにカリストの目の前に至る。小柄なカリストよりもさらにアタマ半分だけ身長が低いが、その威は完全にカリストを呑んでいる。カリストは顔を背けることも俯くこともできずに、ただただカラダの震えを押さえるので精一杯だった。
「ふうん……」
興味深げに小さく呟き、すいっとカリストに顔を近づける。その血の色と同じ深紅の瞳にカリストは息を飲んだ……そこには、まさにある種のヘビを思わせる冷たい光が灯っている。美幼女は悪戯っぽく自分の口元に細く長い人差し指を沿わして思案顔だ。
「あなたは愚かだけど、思っていたよりも遙かに綺麗な顔をしてるわ……このまま黙って連れて還るのは少し勿体ないかも……」
それから自分の口元に当てていた指先を離し、今度はカリストのくちびるに当てる。そのまま指を滑らせるようにしてあごからノドへとなぞっていく。幼女のそれとは思えないほど冷たい嗤い声を洩らしながら、その深紅の瞳をカリストの華奢なお腹へ向けた。
「……きっとカラダも綺麗なんでしょうね……」
「ああぅ……」
その突き刺すように冷たい視線に寒気を覚え、思わず小さく悲鳴を上げるカリスト。まるで氷でできたナイフをお腹の奥深くに突き立てられたような感覚。ココロもカラダも危険に晒されているのが判ったが、それでも抵抗することさえできそうにない。
やがて指先はカリストの正中線に沿ってムネから鳩尾、お腹へと至る。清らかで気品のある美幼女の態をしてはいるが、その仕草は妖艶な魔女さながらだ。
「もし私の好きにさせてくれるというなら……」
不意に片手が伸びてカリストの腰に回された。カリストが驚くよりも早く、まるでヘビが得物に襲いかかるかのように素早く美幼女のくちびるがカリストの首筋に迫る。その僅かに嘲笑を含んだ美しいくちびるの隙間から紅い舌がチロチロと覗いたていた……その舌先が二股になっているように見えたのは決してカリストの目の錯覚ではない。
腐敗する寸前の果実が放つような甘諄い芳香がカリストの意識に滲入してくる。突然にカラダの奥から沸き上がる得体の知れない激しい衝動……まだ幼いカリストには理解できない衝動だったが、先ほどまでとは一転して、お腹の奥が燃えるように熱く感じられ、思わずカリストは小さく吐息を漏らしてしまった。
「あぅ……♪」
「そう、ココロもカラダも私に明け渡すの……」
カリストの意識は紗を掛けられたように甘い障気に侵されていく。このままでは拙いと感じたが、むしろこのまま全てを甘受したいという誘惑に引きずり込まれつつあった。
その時、カリストを支えるのはイオへの想いだけだ。ブランデンブルク門の下、別れを交わした時に握った手の感触、触れ合ったオデコとオデコ、イオの恥ずかしそうな笑顔……それだけが今のカリストを支え、現実に連れ戻す。
『こんなの、何かヘンだよっ……!』
カリストはイオへの想いを全うしたいという望みを思い起こす。
『イオ! わたし、いまとってもイオに会いたいよっ!』
美幼女はカリストのお腹に這わした指先を更に下へ下へと滑らせながら、そのヘビさながらの舌で耳元を擽るようにトドメの一言を囁いた。
「そうすれば……あなたが正気を失うまで何千回、何万回だって悦ばせてあげる」
「ふわあ!」
イオへの想いを振りかざし自らを励起したカリストは大きく叫んで、全身全霊のチカラで飛び退いた。何も考えなしに全力で跳ねたため着地に失敗して受け身も取れずに芝草の上に転がる。そこには不運にも手頃な大きさの岩石が待ち構えており、それで嫌というほどアタマを強打した。
「むわあ~!?」
カリストは後頭部を押さえて悶絶を開始する。
「……なんて嗜みのない娘……やはり救いようもない愚か者ね」
美幼女は落胆の貌を見せ、七転八倒しているカリストを蔑みを含んだ眼差しで見下すのだった。