第11話
バイクで疾走する道々、イオはヴァレンタインに指摘されたがゆえにスカートの裾が気になって仕方がない。やむなくヴァレンタインに言われたようにスカートを前後から巻き込んでお尻の下に敷いてみたが、これはこれでフトモモが必要以上に露わになっているように思えて、そうでなくても恥ずかしがり屋のイオは気が変になりそうだった。
「こんな格好して……もう、お、おヨメさんに行けないわよっ!!」
「え? カリストをおヨメさんに貰うツモリじゃないの?」
「ちがうわ! 私がカリストのところにおヨメさんに行く……なっななななに言ってるのよっ!?」
「君は本当に面白いなあ」
風に負けないように大声でマヌケな会話を続けるイオとヴァレンタイン。いつの間にか、何となく打ち解けてしまっていることがイオは可笑しかった。初対面の頃は気に食わない人物だと思い込んでいたが、あのカリストと仲良くしていたのだから信用できる人物なのだと、元から無意識に感じている部分もあったのだろう。
そう思うと、やっぱりカリストが誇らしい。カリストが行くところ、触れるもの、関わる人、すべてが強く結び付けられていくような気がした。そんなカリストに好意を持ってもらっている自分も誇らしかった。
「ほら、遠慮しないでもっとしがみ付きなよ? アウトバーンに入るからしっかり掴まってないと危険だよ」
「なっ!? そんなこと言って、そ、その、わわわ私の、ムムムムネが押し付けられるのを期待してるんでしょっ!?」
「……そんなに意識するほど無いんじゃ?」
「変態っ! バカっ! 女のコの敵っ! 最低っ! 言ってイイことと悪いことが……!」
「ははは、ゴメン」
そんな下らない会話で、イオは自分の気が充分すぎるほど紛れていることに気付く。カリストに何か良くないことが起こりつつあるらしいのに、それを刹那忘れていた。だが、結局はヴァレンタインに帯同して向かうより早く移動する手段はないし、道中、いくらヤキモキしても状況が好転するわけでもないのだ。どうせ同じなら、沈痛に過ごすよりも楽しく過ごした方が良いに決まってる。
「……そっか……いつもカリストは、こんな風に考えてるんだ……」
「なに?」
「ううん……何でもないわ」
ほんの1日半ばかりだが、カリストと少し距離を置いて、だからこそ判ったこともある。アタマに水が入っているだの考えナシだの、さんざん詰りはしたが、やっぱりカリストにはどこか特別なところがあるのだ。それが何なのかまではイオには判らなかったが、今はそれで充分だ。
「そっか……そうなんだ」
それからイオはヴァレンタインの胴体に回したウデに少しだけチカラを込める。
「ヴァレンタイン、どうして私にも良くしてくれるの?」
「それには幾つか理由がある。ひとつはカリストのため、ひとつは“ある人”から頼まれてるからだし、それがオレの仕事でもあるし……」
そこまで言ってから、ヴァレンタインは背中で笑いながら続ける。
「オレを罵る用意はイイかい? 最後の理由、それは君がちょっとカワイイから」
「なっ!? ……へ、変態……も、もう、バカぁ!」
ふたりを乗せたT120は、ポツダムへと延びるアウトバーンに入った。
T120は僅か15分でポツダム市街にヴァレンタインとイオを運び入れる。運転者のヴァレンタインは慣れたものだが、よくよく考えたらイオは後席とはいえバイクに乗るのは生まれて初めての経験だった。
アウトバーンを走行している間は目をきつく閉じて無我夢中でヴァレンタインにしがみついていたが、果たして何km/h出していたのか、考えるのも恐ろしい。
「ちょ、ちょっとだけ、こ、怖かったかも、し、しれなくもない」
「ん? やっぱり怖かった? どうりで途中から背中に……」
「それ以上言ったら後ろから首を絞めるからねっ!?」
夕方前のポツダムは静かで長閑だ。元からベッドタウンだということもあり、昼日中でも人通りは少ない。ベルリンに隣接した街だというのに、その活気たるや天と地である。
そんな街中をヴァレンタインとイオはバイクで通り抜けて、カリストの住まうマンションへと急ぐ。ヴァレンタインが言うにはまだ余裕で間に合うとのことだが、いずれにしても急ぐまでもなく到着だ。
「で、カリストの身に何が起きるっていうのよっ?」
「……うーん……」
エレベータに乗り込み、階上を目指すふたり。イオの問いかけにヴァレンタインの表情は冴えない。
「何というか……まぁ命が危険に晒されるとか、そういうわけじゃないんだけどね……」
「それ、どういうこと?」
「……うん、まあ……」
どうにもヴァレンタインの口ぶりは不明瞭なものだ。それはいつものようなノラリクラリとした口調ではなく、本当に何と言って良いのか判らないという風であった。
エレベータが停止しドアが開く。イオは駆け出し、ヴァレンタインが後続する。イオはカリストの部屋へ延びる通路を一陣の風のように走りながら無駄を承知でカリストの名を呼んだ。
「カリスト! カリスト!」
ドアに取り付きノブを引く。カギが掛かっていた。考える間もなくドアノブに付属している電子キーのパネルを開き、暗証番号を入力する……ロックは外れた。
「カリスト! 起きてる!?」
チャイムも鳴らさずにカリストの部屋へ飛び込むイオ。ヴァレンタインは入り口で待機しているが、辺りを見回しながら少し落ち着きがない。
「カリスト!?」
もう玄関の位置から部屋の中の様子は一目瞭然で把握できる。カリストはベッドにはいなかった。洗面所にもシャワー室にも姿はない。クロゼットを開けてみたが、もちろんカリストは隠れていなかった。
「カリストがいない!」
「……拙いな」
なかば悲鳴のようなイオの声に、ヴァレンタインは苦い顔をして視線を泳がせる。
「この展開は予想外だった」
イオは際限なく沸き上がる不安に、思わずヴァレンタインに詰め寄り、叫ぶ。
「ま、まさか……カリスト、浚われちゃったの!?」
「いや、まだ浚われてない。どこかに出掛けてしまったんじゃないかな」
「どこかってどこよっ!?」
「少し時間をくれ。すぐに調べが……」
「もうイイっ! 私が探す!」
イオは涙目で叫ぶと、ヴァレンタインを突き飛ばすような勢いで部屋の外へ飛び出していった。