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KallistoDreamProject  作者: LOV
その2:ブランデンブルク門、及び近所の池での些細な事件
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第7話

 カリストが男性の止血に成功してから20分ばかりも経って、ようやく救急車が現場に到着した。男性は失血に伴う低血圧症で朦朧とはしていたが、それでも最後まで意識を失うことなく、そのままストレッチャーに載せられる。

「仙骨神経叢で下腿麻酔実施してるよっ! 下腿動脈破断部はケリー鉗子で止血したよっ! 失血量は、たぶん1500mlくらいかなっ? 事故が発生してから、えと……25分経ってるよっ!」

 忙しなく搬送の段取りをする救急隊員の邪魔にならないようにしながら、カリストは状況を報告するだけしてみる。もちろん相手にもされない。


 そうこうするうちに救急車は男性を載せてあっと言う間に走り去ったが、それと入れ違うように警察が事故現場に到来する。野次馬たちの多くは事情聴取だの調書取りだの、そういう面倒臭いことに巻き込まれることを恐れて即座に立ち去っていった。

 結局、現場に残ったのは血塗れのままのカリストと数名の物好きだけだ。


「あー、あなた方は事故を目撃してました? ……何だ君は? 血塗れじゃないか?」

「えへへ~♪ あ、えとねぇ、事故を起こしたクルマはAMGアーエムゲーの68年型S75のロングセダン、色はブルーマイカだよっ。ナンバー見てないけど、若い男の人が運転してたっぽいかも……」

 カリストは最も重要な部分だけを取り敢えず警官に伝えて、“お祭りごとトラブル”が大好きそうな物好きが喜々として事故状況を語っている間に、現場の近くにあった商店の軒先にある散水用のホースを借りて血で汚れた手や腕や顔を洗わせてもらった。バイオロイドの外部装甲(すなわち皮膚)は汚染や着色に極めて強い素材でできているため、血液程度なら水を掛けるだけで簡単に洗い落とすことができるのだ。

「うん♪ キレイになったよっ♪」

 サッパリした気分になったカリストは水を使わせてくれた店主にお礼をし、まだ事情聴取を受けている数人の野次馬と警官を横目に見ながら倒しておいたバイクに跨ると、なんとそのまま帰宅したのだった。



 なかなか世の中に貢献できたのではないかと、カリストは上機嫌だ。100年前ならともかく、適切な緊急医療を施せば、あとは22世紀の医療技術が何とでもしてくれる。数週間もせずに件の男性は自力で立って歩けるようになるだろう。

「あの男の人、だいじょぶだったかなぁ。きっとだいじょぶだよねっ♪」

 そんなことを考えながら眠りに就いたカリストは、その夜、ベルリン中をイオと遊んで回る夢を見た。


『えへへ~♪ イ~オ~♪ イ~オ~♪ だあい好き~♪ ずっとずっとイオといっしょ~♪』

 ふたりはブランデンブルク門の下で両手を繋いでグルグル回る。見つめ合う瞳と瞳、溢れる笑顔。こんなにもシアワセな気持ちは初めてだった。世界はふたりを中心に回っている。

『カリスト♪ もうずっと離さない♪ 私たち、これからもずっと一緒よっ♪』

 やがてふたりの足は止まり、互いに向き合ったまま歩み寄る。カリストはイオに抱き付き、イオもそれを受け止めた。もうカリストのムネは喜びではち切れそうだった。

『カリスト♪ 私たち、もうずっと離れない♪ なにが起きたってずっと繋がってるわ♪』

『えへへ~♪ えへへ~♪ イ~オ~♪ ギウギウってして~? チュッチュってしよ~?』

 互いに微笑みを交わす。もう現実なのか夢なのかカリストには判らなくなっていたが、この気持ちをイオに伝えるためには、もう他に適切な手段が思い付かない。顔を少しだけ上げて瞳を閉じ、イオを待った。待った。待った。


『……なに言ってるのよっ!? いい加減に起きなさいよっ! 早くMTに出なさいよっ!』



「ふぇ~!?」

 カリストはベッドから飛び起きる。何が起きたのか、状況が理解できずに一瞬だけパニック状態になったが、なんの事はない。例によってMTからイオの怒ったような声が。

『カリスト!? カリスト!? いるんでしょ!? 早く出てよ、もう……!』

「んう……」

 窮極の幸福感を夢の中で与えてくれたイオが、現実では怒り口調でブツブツ言っている。さすがのカリストも鼻白んだが、応答しないわけにもいかない。恐る恐るMTを手に取ると、通信を受け入れる。

「イオ~? こんな朝はや」

『いるならいるでパパッと出てよっ……もう……!』

 モニタに映し出されたイオは単に怒っていると言うよりも、やや憔悴したような顔だった。

『あんた、昨日の帰りに何かしたでしょ!?』

「ふぇ? えとねぇ、事故現場を見たよっ」

『見た~!? 正直に言いなさいよっ! もう判ってるんだからっ!』

 どうもイオの機嫌は酷く悪い。カリストはこれ以上イオの機嫌を損なうのもイヤだったので、素直に応える。

「えへへ……事故でケガした人を、ちょとだけ助けたかも……」

『それは偉いわ。それは認める。あんたの善意でその男性は一命を取り留めたわ……今も意識はしっかりしてるし、予後も問題ないって!』

「そなんだ~♪ 良かった~♪ イオ、知ってたんだ~?」

『知ってた!? 知ってたって言ったっ!?』

 カリストの一言にイオはついに激昂した。モニタに喰い付かんばかりにイオの怒り顔が大写しになる。

『できれば永久に知りたくなかったわよ、そんなこと! 何がどうなってるのよっ!? あんたのせいで夜中に叩き起こされて、今の今まで事後処理よっ! その事故現場の件もそうだし、ブランデンブルク門での一件だって……!』

 堰を切ったように捲し立てるイオだったが、一方のカリストは珍しく一発で悄気てしまう。

「んう……わたしってば、またイオにメーワクかけちゃったんだ……?」

『……う……』

 モニタを通してカリストの萎びれた姿を目にしたのだろう、イオは何とか冷静さを取り戻した。

『ま、まあ……私があんたのために苦労するぶんには構わないけど……ただ、事故現場であんたがした行為は法に抵触してるわ。それは知ってるわよね?』

「う、うん……でも……」

 そうしなければ、あの男性は死ぬか、あるいは重度の障害を残すことになったことは疑う余地もない。それはイオも充分に承知しているようであった。

『そう、確かに、あんたはひとりの男性の命を救ったわ……それは誰にでもできることじゃなかった。知識と技術と、何より勇気が必要なこと……あんたは人間ひとりの命を頼まれもしないのに勝手に……ううん、進んで預かって、きっちり責任を果たした……きっと私だったらできなかった』

 そしてイオは視線を落とす。

『……もしこれが“普通の人間の16歳の女のコ”がしたことなら、きっと奇跡的な美談として世界のトップニュースになってたと思うわ。でも、私たちはバイオロイドというロボットで、しかもあんたは建前上は“普通の人間の16歳の女のコ”ってことになってるのよ? この意味、判る?』

「んう……?」

 なにか拙いことになったのはカリストにも判ったが、それから先が予測できない。イオは肩を落として続ける。

『警察もマスコミも、あんたを探して動き出したのよ……。しかも運悪く昨日ブラ門であんたがアテナ像の台座に抱き付いてオイオイ泣いてる写真や映像がマスコミに投稿されたり、個人サイトや動画サイトにアップロードされるオマケも付いてた』

「ふぇ……?」

 ここまで説明されて、さすがのカリストもようやく状況が見え始めるのだった。




「何か雲行きが怪しくなってきたなぁ」

「あのコってば、考えナシの大統領よっ!」

「前回では“惚れ直した”とか言ってたのに」

「そ、そそそれとコレは別問題っ! 私だって会社に所属する者としての立場があるんだからっ!」

「あんまりカリストを責めない方がイイんじゃ……?」

「私よりも幼いカリストの肩を持ったわね!? さすがはロリコンの変態ねっ!」

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