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KallistoDreamProject  作者: LOV
その2:ブランデンブルク門、及び近所の池での些細な事件
30/150

第6話

今回の物語には流血シーン・やや凄惨な描写が含まれます。

苦手な方はご注意下さい。

 カリストは倒れている男性の肩を軽く叩きながら声を掛ける。

「だいじょぶ~!? ねぇ、だいじょぶ~!?」

「うぐぐ……!! あ、脚がっ……!!」

 男性は酷い激痛でマトモに返事もできずに唸り声をあげるばかりだが、取り敢えず意識はあるようだ。顔や手にも多少の擦過傷は見られたが、差し当たり頭部や上半身に外観上で致命的と思われる怪我は見あたらない。

 しかし、ズボン越しに信じられない量の血が溢れ出ている。間違いなく脚に裂傷か解放骨折を負っているのだろう。出血量は甚大で、このままだとすぐにショック状態に陥るのは間違いなさそうだった。

 ほとんど猶予がないことを悟り、意を決したカリストは腰に付けているパウチからアルミ製の小さなケースを取り出し、それを開ける。中にはガーゼや消毒液、幾つかの薬剤と医療器具が入っていた……軍隊の特殊部隊などが使うタイプの緊急医療キットで、カリストは“趣味で”持ち歩いていたのだ。

「ズボン、ゴメンねっ!?」

 カリストは十徳ナイフを取り出すと、裾側から男性の履いているズボンを切り裂いた……スネ、ヒザ、そして大腿部まで露出したところで、野次馬たちから一斉に祈りと悪態の声が上がる。男性の大腿部の内側の肉は大きく裂け、そこから折れた大腿骨が突き出ているのが見えた。

「んう……下腿動脈が裂けちゃってるのかなっ?」

 もはや人間のカラダの一部だとは思えないほどに血の気を失った肉の裂け目から、鼓動に合わせた一定のリズムで、真っ赤な血が蕩々と溢れ出てくる。しかも大腿部の損傷と大腿骨骨折……まだ事故直後の狂騒状態のため何とか耐えられる痛みで済んでいるが、もう少し経てば凄まじい激痛を感じるようになるはずだ。まだ救急車のサイレンの気配すらない。

 カリストは損傷している側の脚の下に男性が持っていたアタッシュケースを置き、損傷箇所が心臓と脳より高い位置にくるようにしてから、医療キットの中身をトレーの上蓋の中にバラ撒いて、そこから注射器と小瓶バイアルを取り出す。

「ちょとイタイかもしんないけど、だいじょぶだよっ!」

 カリストは注射針の無菌包装を破り、一番太く長い針を注射器に取り付け、バイアルに突き刺して薬液を抜く。それから男性を横臥させるとワイシャツの背中を捲って背骨を指でなぞっていく。

「お、おい! お前、何のつもりだ!?」

 ヘタをすると“お医者さんごっこ”をようやく卒業したかと思わせるほど幼く頼りないカリストが注射器などを取り出したため、当然のごとく野次馬たちの何人かが制止しようと声を掛ける。しかし妙に手慣れたような迷いのないカリストの動作と、余りに凄惨な男性の状態に気圧けおされて、それ以上は何も言えず結局は静観するしかなかった。

いちエァストにいツヴォートさんドリットしいフィーァト……ここヒーア!」

 男性の腰骨の数を数え、カリストは仙骨神経叢に当たりを付ける。下腿の神経を司る大きな中継地点……大腿の痛みを大幅に軽減させるには、ここより他に無い。目標部位を消毒液で滅菌して注射針の先端を宛う。もちろん初めての試みだし、医療従事者でもない者が知識のみに頼って行って良い行為でもない……たとえバイオロイドが為すことだったとしても、これは明らかな犯罪行為だ。それはカリストも充分に承知している。

 だが、自分が誰かを助けることができる機会と能力を持っているなら、それを可能な限り出し惜しみせずに発揮することこそ生きる義務だとカリストは考える。

『だいじょぶ、わたしなら、できる!』

 そして今、それを適切に行えるのはカリストしかいない。


 カリストは躊躇わずに一気に腰骨深くに注射針を突き刺した。判っている限り手応えは間違っていない。薬液を注入すると、男性は一瞬だけ激痛に唸り声を大きくしたが、すぐに鎮まった。

「だいじょぶ!?」

「あぁ……なんとかなぁ……」

 息は荒いがまだ意識もしっかりしている。カリストは注射器を引き抜くと男性を再び楽な姿勢に寝かせ、次に小さな鉗子ケリーを2本ばかり手にして大腿部に取りかかることにした。

 もちろん骨折や裂傷をこの場で適切に治療することはできないが、せめて下腿動脈の大きな出血なら止めることはできるはずだ。大きく開口した傷口を観察し、圧迫止血などでは勝負にならないことを確認すると、カリストは自分の両手を消毒薬で滅菌する。

「ちょとイヤかもしんないけど、ガマンだよっ?」

 麻酔が充分に効いていることを確認し、カリストは裂けた太股の肉の間に指を潜り込ませた。もう口出しする野次馬はなく、みんな周りを囲んでカリストの“手技”を息を呑んで見守る。


 とても愉快な手触りとは言い難い筋肉と脂肪の束を掻き分け、破砕した骨片を取り除きながら、カリストは手探りで破断した下腿動脈を探る。並の人間なら胃をひっくり返してしまうような人間の血と肉の臭気を浴びながら、カリストは普段はニヤニヤ緩んでいるクチを真一文字に結んで真剣そのものだ。

「んうう……んう……」

 ヒジまで真っ赤に染めながらカリストは懸命に血管の破断箇所を探す。まだ救急車の気配はないが、もうヘタをすると1リットルは失血している……いま不完全にでも止血しなければ、あと数分もせずに致死失血量に達してしまうだろう。モタモタしていれば空気塞栓の恐れもあり、カリストの気は逸る。

「んう……んう……血管みつかんないよぉ……!」

 夥しい流血が傷口を満たし思うように目視で血管を探すことができない。カリストは焦りのために思わず手の甲で顔を擦る……ヌルッとした感触と共にカリストの頬も血で染まった。血、人間の血、生きている人間の血だ。しかし、このままでは、それも数分後には“死んだ人間の血”になってしまうかもしれない。

「どしよ~……どしよ~……」

 カリストは安易に手を出してしまった自分に対して少しだけ不安感を覚えた。理屈だけで人助けなんて簡単にできることではない。この人を助けようとしなければ、少なくとも“助けられなかった”という後悔はしなくても済んだだろうか? ただ救急車が来るのを他の人と一緒に黙って待っていれば良かったのだろうか?

 だが、そうしたとして果たしてそれでカリストは自分に納得できたろうか……?

「う……し、死にたくない……」

 その時、男性が弱々しく呟いた。その顔色は先ほどよりも明らかに生気を欠いている。拙いと思う間もなく男性は全身を小刻みに震わせ始めた。それは失血量が致命的な量に達しようとしている合図、失血性ショックの兆候だ。

「さ……さむい……」

「だいじょぶ! だいじょぶだよっ!?」

 カリストは涙目で叫ぶと、自らの意志と勇気を奮い立たせる。

『だいじょぶ、わたしなら、できる! いまは、わたしだけにしかできない! この人は、わたしが助ける!』

 単なる願いや祈りではない。それはカリストが望み、自ら進んで為そうとすることに他ならない。誰に何と言われても、怒られても、笑われても、わたしは、わたしがそうしたいように、わたしを生かす!


 そう思った瞬間、カリストは何か暖かい衝動が全身を満たしていくのを感じた。言葉にはできない、圧倒的に大きく暖かく優しいチカラがカリストのカラダとココロに拡がっていく。フワリと柔らかな心安らぐ感触と微かな芳香がカリストの意識をかすめた。


 指先がソッと動き何かに触れる。

「あっ!? これっ!?」

 カリストは動脈の破断部を探り当てていた。裂けた血管を抓むと手際よく鉗子で挟む。あれほど激しかった出血が、まるで魔法でも使ったかのように止まったのだった。



「いつになく真面目なカリストだなあ」

「(ちょ、ちょっと惚れ直したわ……カリスト、カッコカワイイ……!)」

「なんでカリストは医療知識があるんだろうね?」

「さ、さあ? あのコ、イロイロ下らない知識を溜め込むのが好きみたいだから」

「そうなのか……」

「何にしても、変態よりは少しは役に立つってことが実証されたわねっ! この変態よりはっ!」

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