第2話
以後も逐一、イオは自分の知る限りの情報をカリストに教えてくれた。あまり実用的ではない物事が大半だったが、それでもカリストの存在意義を固めるには充分に足るものである。
『そういえば、あんたの正式な型式と名前、教えてなかったわよね?』
「うん♪ でも、お名前なら、ちゃあんとあるよっ?」
『それは政府の書類上の名前で、いわば“世を忍ぶ仮の姿”の名前。あんたの正式な型式は“XX47cz-EgII-S”、“XX”って部分はバイオロイド、“cz”ってのは戦闘用って意味で、“Eg”は生産ライン、最後の“S”ってのは特殊スペック機という意味ね。名前は……ちょっと長いわよ? えーと、カリスト・イョフィエル・ウルサマヨル・フォン・アストラルっていうの。ちなみに私は“XX48cz-EgVI-S”、イオ・イャフキエル・ボスポラス・フォン・アストラル、ね』
「お名前、ヘブル語とかギリシア語とかラテン語とか、イロイロ混じってるねぇ♪ あと、フォン・アストラルなんて、なんかプロイセン貴族みたいだねぇ♪」
型式のいかにもロボットらしい味気のない英数字の羅列に対して、あまりに大仰で珍妙なフルネームに思わず可笑しさを感じるカリスト。だが同時に自らの正式名称に懐かしさと愛着を覚えずにはいられない……ある種の「誇り」のようなものかもしれない。
『細かいことは良く判らないけど、型式を見る限り、そ、その、あんたと私が姉妹機というか、と、とても近い感じがする……ような気がするかもしれない。型番からいくと、あんたの方が早く創られたっぽいけど、実は私の方が早くにロールアウトしたのよ? だから、私の方が“お姉さん”ねっ! ……5分くらいの違いらしいけど』
「えへへ~♪ ほとんど双子だねぇ♪」
カリストはテレテレと笑う。イオは顔を真っ赤にして捲し立てるばかり(ちなみに、以前は音声通話だったが、現在は映像通話になっている)。
『あ、あんまり似てないけどねっ!? 血とか繋がってるわけじゃないしっ! あ、あと……その、いろんな事情であんたの存在も明らかになっちゃったから、会社も正式にあんたの補助を始めるわ。えっと、差し当たり、会社の内勤制服を送るから……と言っても着る機会は滅多にないと思うけど』
「セイフク~? どんな~?」
『そ、その……いっつも私が着てた女子校生みたいな制服よっ! あ、あの、その……あ、あんたには、きっとよく似合うと思う……から、次に遊びに行ったときに……そ、その、わ、私に、ききき着て見せてほし……』
「ふわあ~♪ イオが着てたのとおんなし制服なんだぁ♪ イオの制服姿、とってもとってもカワイイよねぇ♪」
『なっ!? なに言ってるのよっ! ば、バカぁ!』
この頃になると、ポツダムの街外れをロケットのような異様な加速力でもって飛ぶように疾走する小型バイクと、それにしがみつくようにして乗っている少女の姿がしばしば目撃されるようになっていた。
もちろんカリストである。先だってから改造を続けていたバイクがついに完成したのだ。60km/hが最大表示である標準装備のメーターが数秒で振り切れてしまうため、果たして正確な速度は判らないのだが、カリストの計算では150km/hほど出ているらしい(ただし数学が苦手なカリストは計算ミスをしており、実は最高速度は200km/hに達していたことが後に判明した)。
素晴らしい移動手段を得たカリストは、以後もっぱら小型バイクで方々を走り回るようになった。のんき者のカリストなので、普通に走るときには安全速度遵守である。バイオロイドとはいえ、平素は運動神経が悪いのであまりムチャもできないが、暇を見つけては(暇ばかりだが)、ポツダム郊外にまで脚を伸ばして虫やツチノコを探しているのだ。
そんなある日、カリストは思い付きでプラリとベルリンに遊びに行くことにした。今までだって行こうと思えば簡単に行けたのだろうが、なぜかそんな気にはならなかったのである。もしかすると、会社の所在を悟られないように、ベルリン行きを抑制するようなプログラムが為されていたのかもしれない。
決意を固めたら行動の早いカリストは、昼頃にはバイクに飛び乗り北東へと向かっていた。
ベルリンとポツダムは隣接した関係であり、ほとんど地続きでさえある。ゆっくりとバイクを走らせても小一時間と掛からずにベルリンに辿り着く。意外にもカリストは方向感覚に優れているのだ……道に迷ったりはしない。
記憶にある限り、初めてのベルリンである。そして、出生地とも呼べるべき自分の創られた街。住民と観光客で溢れるベルリン中心街の賑わいはポツダムの比ではなく、ただそこにいるだけで、カリストの気持ちは高揚するのだった。
イオに連絡を取ろうと思ったが残念ながら不在だったため、カリストは独りでベルリン観光をすることにした。
「ホントは詳しく見学したいけど今日中に帰れなくなっちゃいそだから、中に入るのは今度にしよ」
取り敢えず戦勝記念塔、シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン大聖堂、ペルガモン博物館などをサラッと巡回してみる。
「中に入りたいなぁ♪ ちゃあんと見学したいなぁ♪」
建物に出入りする観光客の群れを羨ましそうに眺めつつ、それでもカリストにしては珍しく誘惑に耐えながら、パンフレット片手にバイク移動を続ける。
「そだ~♪ 今度は早くからイオに連絡して、いっしょに見て回ったらもっと楽しいよねっ♪」
ハッピーな気分でイオとの「デート」を想像しながら、カリストが最後に向かったのは、ベルリン最大の観光名所であり、カリストの魂の故郷ブランデンブルク門であった。
『ちなみに、あんたのミドルネームの“ウルサマヨル”って、ラテン語で“大熊座”のことね』
「うん♪ 偽名の苗字“グロスベイア”も、ドイツ語で“大きな熊”って意味だねぇ」
『ちなみにベルリンの語源は、古来ドイツ語で“ベァーリン”という発音で意味は“熊”。熊はベルリンの象徴動物よね』
「うん♪ ベルリン映画祭の賞が“金熊賞”ってのも、そこに由来するんだねぇ……面白いねぇ♪」