第1話
これより第2部です。
実質的には第1部と連続した話になります。
「事件」の翌日、何はさておきカリストは迷わず喫茶店を訪ねた。イオがフォローしておいてくれたとはいえ、やはりオーナーの様子が気になって仕方がなかったのだ。
カリストは鷹揚な性格のオーナーのことを強く信頼していたし、今となっては唯一の「まともな人間の知り合い」である。都合の良いハナシだとは思いながらも、できることならアルバイトも続けさせて欲しいと考えていた。
「まいすた……?」
カリストが恐る恐る入り口から顔を出すと、例によって無人の店内のカウンタで新聞を広げていたオーナーは少し驚いたような様子で顔を上げる。
「おう、カリスト。もうカラダ……というか何というか……大丈夫なのか?」
案外と落ち着いた感じで、カリストを迎え入れるオーナー。
「昨日は大変だったぞ? メアリはダメになってしまうし、イオの会社の人間だかアンドロイドだかがゾロゾロやってきて何やらかにやら調べられたり証文を取られたり……まあ、お陰で結構な金額の詫び金を貰えたんだがな……ハッハッハッ」
にこやかに語るオーナー。特にムリをして明るく取り繕っている感じでもなく、普段と同じような態度だ。カリストは相当に図太い性質であるが、この男も尋常ではないメンタリティを持っているものらしい。
ただ、やはりカリストは気後れを感じてしまう。別にオーナーを騙すつもりはなかったし、むしろカリストこそが最大の被害者なのだが、そういった面では感受性が強く繊細なカリストは、こういう時には太々しい態度で振る舞うことができずに、ただ弱い笑顔で応じるばかり。
「えへへ……そなんだ~」
そんなカリストの様子にオーナーは、どこか納得したように肯く。
「お前さんでも気兼ねしたり悄げたりすることがあるんだな……やっぱり不思議な娘だ」
「んう……だって……」
「なあ、カリスト」
さすがに少し元気のないカリストを椅子に座らせると、オーナーは言う。
「今さらかもしれんが、オレはなあ……元からお前さんのことをタダの人間の娘じゃない、どこか特別な存在だと睨んでいたんだ。だからオレにとって、お前さんが何者かなんて余り問題じゃないんだな……つまり、お前さんは、お前さんだ。これからも、まあ適当に宜しく頼むよ」
ほとんど説明にはなっていなかったが、それは今のカリストには充分すぎる回答だった。カリストは少し目元を擦ってから普段と同じようにニッコリと笑うと、オーナーの腕に取り縋る。
「……うん! うん♪ まいすた、だあい好き~♪」
かくして、ユルユルと2週間ばかりが過ぎた。
何か変わるかとカリストは思っていたが、何も変わらなかった。自分がロボットだったからといって、案外と世界は変わるモノでもないらしい。カリスト自身の心境にも特に変化はなく、相変わらず食べたり遊んだり、益体のない生活を続けている。
イオが店に遊びに来ても特に取り立ててロボットや会社のハナシをすることもなく、オーナーも必要がない限りはカリスト=ロボットだという話題を持ち出すことはなかった。みんな、意識的にそれを避けているというよりも、ごくごく自然に状況を受け入れていたのである。
確かに何か理由があって自分が創られ、何か理由があって今の生活をさせられているのは間違いないだろうが、やはりカリストの人間性は不変なのだ。自分がロボットであると知った今でもなお、時にはそれを忘れることもしばしば。
「わたしってば、ずっとずっと死なないのかなっ?」
『いちおう建前上はね。多少の損傷も自己修復するし、会社で本格的に改修できるし、まあ、実質的に不死身よね』
「そいじゃ……人間のオトモダチできても、ずっといっしょにはいられないんだねぇ」
『ま、まあ、そういうことになるわね……会社の試算だと、バイオロイドの耐用年数は200年くらいみたいだから……』
「そいじゃ、まいすたとも、きっと何十年かしたらサヨナラなんだねぇ……」
『う、うん……まあ仕方ないわ……それが生き物の摂理だから』
「でも、わたしにはイオがいるから、さみしくないよっ♪」
『なっ!? なななにを言ってるのよっ! そ、そういうリアクションに困るようなこと、言わないでよっ!?』
とは言え、カリストにはひとつだけ残念なことがあった。それは両親が存在しないことだ。とりわけ母親がいないことは、実はカリストにとって少なからずショックであった……が、一方で実に奇妙なことではあったが、カリストは母親のような存在を仄かに感じてもいる。
会社にいた頃の記憶をそっくり失っている(これはイオが言うには会社の方針らしい)のだが、どこかに漠然と何か暖かい記憶が残っている。言葉にはできない何か……。
「わたしってば、ホントにママいないのかなぁ?」
『そりゃロボットだから遺伝学的な意味での母親は存在するわけがないわ。物理的な意味じゃ会社が母親ってことにはなるだろうけど……』
「イオはママのこと、感じたりしないかなっ?」
『うーん、ちょっと判らないわ……考えたことすらない』
「ママに会いたいなぁ」
『そりゃいくらなんでもムチャよ!』
「そだよねぇ……なんでこんな気持ちになるんだろ……?」
だがしかし、カリストは確かに感じているのだ。漠然とだが、常にココロとカラダのどこかが触れ合っているような、揺るぎのない暖かな感触を。