第22話
バイク青年は去り、それからふたりはもう少しだけ話をして、いよいよ夕闇も迫ってきた。
「そろそろ会社に還らないと。事後処理に会社から作業班が来てたけど、何かもう戻っちゃったみたいだし、少し面倒だけど電車で還るしかなさそうね」
「またわたしのお部屋でお泊まりしてけばイイのに~♪」
「なっ!? だっ、だからっ! そういう時には事前にイロイロ準備が必要だって言ったでしょっ!」
いつも通りに過剰反応するイオだったが、今までよりは変な意地を張らなくて済むようになったことを思い出したのか、少し面白そうに笑った。
「そうしたいのはヤマヤマだけど、報告書だの何だの作らなくちゃいけないし、今日は還るわ。また今度お邪魔する……かもしれない……たぶん」
「うん♪ そいじゃ駅までお見送りするよっ♪」
マクデブルク発ポツダム経由ベルリン行きのリニアシャトルの切付と入場券を購入し、ふたりは完全に自動化された改札をくぐった。
別れを惜しみあう恋人同士……には見えない。
「そういえば、あんたが私たちの名前の由来が太陽系惑星の衛星からだって気付いたときには参ったわ……そういう知識は皆無だと思ってたから」
「えへへ~♪」
嬉しそうにテレテレしているカリストを見て、イオは小さく笑う。
「……今となっては全部がお笑いぐさよね。あんたは人間じゃないからスラヴ系ゲルマン人だとか、そんなのナニ? って感じよね……あ、でも顔立ちのモデリングは実際にスラヴ人とゲルマン人の顔を元にして、それに少しラテンっぽい味付けをしてるってのは事実よ」
「そゆえば……わたしとイオの他にも、おんなしよな性能のバイオロイド? ってたくさんいるのかなっ?」
「うん……少なくとも私の所属している部署には5人は確実にいるし、彼女らも私と同じように他のバイオロイドのサポートをしてるから、まぁ最低でも10人は間違いないと思う。でも何度も言ってるけど、会社にいても会社の全容や内情はぜんぜん判らないのよね……他の部署のこととかも。だから、たぶん、バイオロイドはもっとたくさんいるんじゃないかなって思う」
そこまで言って、イオは先刻のバイク青年を思い出した。
「……あのバイクに乗った変態も何か怪しいわね……うーん……」
「ノートンのおニィちゃん?」
「うん、まぁ、あんたが気にするようなことじゃないわ……でもまた会ったときには少し気を付けなさいよ? 気安く近づいていったら何をされるか判ったもんじゃない……カリストなんか浚おうとして、絶対にロリコンの変態よっ! 喋り方も変態っぽいし……時代錯誤な格好してるし……もうとっくの大昔にエルヴィス(・プレスリー)もマーロン(・ブランド)も死んじゃってるのに……ちょっとだけカッコイイけど……」
ブツブツと独り言のように呟くイオに、カリストは気分良さそうに笑って受ける。
「そだよね~♪ カッコイイよねぇ♪ イオもカッコイイの大好きなんだねぇ♪」
「なっ!? バ、バカっ! 男の人になんて興味ないわよっ! だいたい、私には、そ、その……あんたが……」
「ふぇ? 男の人? ノートン650SSのことだよっ?」
ややして、リニアシャトルの到着を案内するアナウンスが流れ始める。
「あ、そろそろ電車が来るみたい」
「イイなぁ……わたしもいっしょに行こっかなっ?」
冗談なのか、ボケなのか、真剣なのか、カリストはポツリと言った。
「ずっと……イオとわたしと、いっしょだったら楽しいだろねぇ……」
ふたりは並んでホームの縁に立った。
イオはそっぽを向きながら独りで何か言っている。
「……なんかちょっと、センチメンタルな気分よね、な、なぜか知らないけどっ!」
「……うん……」
「ら、来週からもあんたがバイトの時には遊びにいかないこともなくもなくない……かもしれない」
「……うん……」
「これからだって、い、今まで通り……ううん、今までよりも、ず、ずっと仲良くしないこともなくもなくない……」
「……うん……」
イオはカリストが妙に大人しいのが気になって仕方がない。
「……ど、どうかしたの?」
思わずカリストを振り返ると、カリストはジッと俯いてカラダを震わせていた。
「なっ!? ど、どうかしたの? どこか具合悪いのっ!?」
「……ううん、カラダはだいじょぶだよっ……」
そしてカリストは顔を上げる。カリストは碧翠の瞳いっぱいに涙を湛えていた。
泣き出しそうなのを懸命に耐えながら笑顔を作ろうとするのだが、感情の波が押し寄せるたびに切なそうに鼻を鳴らし、顔を真っ赤にしながら必死で涙を抑えようとしている健気なカリスト。今まで感じたことのない気持ちにイオは胸が締め付けられる思いだった。
「な、なに? そ、その、あんたが泣くなんて……そ、その……」
「ねぇ、エンケラティス」
カリストは涙を浮かべ、それでも微笑みながら、イオではなくてエンケラティスの名を呼んだ。
「う、うん、なあに?」
「……イオはエンケラティスで、エンケラティスはイオだけど……」
そしてカリストはイオに半歩ばかり歩み寄る……少しだけ自分より背の高いイオを眩しそうに見上げながら言う。
「わたし……イオのこと世界でいちばん大好きだけど……わたしが初めて大好きになったの、エンケラティス……エンケラティスだよっ!」
そしてカリストは堰を切ったように泣きながらイオに抱き縋った。
「エンケラティス! 初めてオハナシしたときから、ずうーっとだあい好きだったよっ!」
「バ、バカぁ! なに言ってるのよっ! そ、それに、鼻水が垂れてるわよ……もう、バカぁ……」
「えぐ、えう、そだよねっ、ヘンだよねっ、でも……んう、エンケラティス……会いたかったよっ♪ 会えてウレシイよっ♪ ……エンケラティス、エンケラティス……だあい好きっ♪」
イオは無言で何度も肯きながらカリストを抱き締める。
人影も疎らな夕暮れの駅のホーム、ふたりの長い影はひとつに重なり合うのだった。
KallistoDreamProject その1 了
※次回はインテルメディオ(幕間劇)となります。