第21話
ふたりは気分を変えるために部屋を出て、近所の公園へ向かう。夕方に差し掛かった日差しはポカポカと暖かい。
「会社って何の会社なのかなっ?」
「……いろいろ創ってるわ……対消滅炉から電球まで、電気の通ってるモノなら何でも。ロボットやアンドロイド事業は、ほとんど研究の域を出てないわね……一般向けに販売してないし」
「でも、MTとかでも調べたけど、なあんにも情報がなかったよっ? えと……わたしとかイオみたいなロボット創るのって、とってもとってもスゴイことだよねぇ? だけど、ぜんぜん有名じゃないってことだよねっ?」
「その辺は私も良く判らない……でも利益や利潤のために存在する会社じゃないってのは確か。アストラル技研……技術研究所だからね。会社が世界に与えてる技術的影響は大きいけど、それは誰にも知られないように小出しに密やかに行われてる……らしいわ」
そしてイオは困ったように肩をすくめる。
「正直、私も会社のことは全然判っていない。何のためにあんたが外で独り暮らしさせられてるのかとか、私らが何のために創られたのかとか、会社が何をしたいのかとか……」
「これから、わたしってば、どすればイイんだろ……?」
「たぶん……だけど、あんたは今まで通りに独り暮らししてればイイと思う。私も今まで通りサポートする。だけど、それが最終的に何を以てヨシとし、何を以て完了するのかは判らないわ。たぶん……だけど、あんたは人間社会に適応するテストモデルなんだと思う……でも、あんたの暮らしぶりを会社がどういう風に評価しているのかは判らないのよね……」
煮え切らない気分で申し訳なさそうにしているイオに対して、カリストは道すがら拾った木の枝を振り振り笑う。
「えへへ……やっぱし良く判んないや……でも、イオとずとずっと仲良しでいれるなら、むつかしいことなんて何でもイイや♪」
「……そうね、うん、あんたは何も変わらないわ」
公園に着いたふたりは適当なベンチに並んで座る。
「……あんたがウチの会社で創られたバイオロイドで、人間社会に溶け込んで生活しているってことは秘匿にされているんだけど、やっぱりどこかから漏れ出てしまうみたいなのよね」
「そいじゃ……メアリは……」
「うん……たぶん、最初からあんたを略取するために何者かが差し向けたんだと思う……。喫茶店のオーナーさんにも訊いたけど、知り合いから借りたっていっても顔見知り程度の相手だったみたい。その知り合いに関しては調査中なんだけど、たぶん、もう身元をくらましてるんじゃないかな」
「何者か……て、どっかの会社?」
「そうかもしれないし、あるいは個人か、団体か、他国の政府か……なんにしても私たちに注ぎ込まれている技術は数十年レベルで時代を先行しているわ。私たちの中にはユニット化された小型の対消滅炉が4基、分解抽出炉が2基、それぞれ搭載されてるのよ?」
そう言ってイオは自分の胸を指さす。
「これだけで外部電源に頼ることなく半永久的に独立稼働できる……それくらいの技術。入手して解析やコピーに成功すれば間違いなく大きな利権を得ることができる。企業間競争意識が薄れて市場原理が働かない世の中だからこそ、この圧倒的な技術利権は大きいわ。あんたは野放しだったから、特に狙われやすかったってわけね」
そしてイオは溜息をつく。
「だから私がいたんだけど……ちょっと後手後手に回ってしまって……そ、その、ごめんね?」
「イオは悪くないよっ♪ こやっていま、わたしとイオとオハナシしてるんだも、それだけで、わたし、シアワセ~♪」
「……あんたと話してると、なんか細かいこと気にならなくなってくるわ。それが良いことなのか悪いことなのかは微妙だけど」
まったく不動不変のメンタリティを持つカリストに呆れながらも、イオは納得したように肯く。
「喫茶店のオーナーさんにはあんたのこと説明したわ。私もあの人の目の前で大立ち回りしちゃったし、さすがに隠し通せなくて。でも、まあ、それ以外は今まで通りに生活してね」
「まいすた、なんて言ってたかなっ? 怒ってたかなっ?」
「あの人が怒る筋合いはないわよ……驚いてはいたけど、あんたが人間じゃないってことには妙に納得してたくらい。元から人間離れして見えるらしいのよ、あんたって」
「えへへ~♪ 褒められるとウレシイ♪」
「ぜんぜん褒めてないわよ……ふふふ」
肩を並べて笑い合うふたり。こうしている限り、カリストも、イオも、どこからどう見てもロボットだとは思えない。
「あんたは高性能なロボットなんだけど、さっきも言ったように、その能力は普段は大きく制限されているわ。運動能力はもちろん、判断力や動体視力、知性や記憶もね。幾つかの能力は“個性”として少し制限が緩くなってる……あんたの場合だと、料理や機械いじりが得意だったり、少し勘が強かったりする部分ね」
「ふ~ん……そだったんだ~。だからケーキとかじょうずく作れるんだねっ」
「もっと説明したいことはたくさんあるんだけど……まぁ、あんたは忘れっぽいからね」
ふたりが話していると、唐突に目の前にバイクが停まった。誰かと思うまでもなく喫茶店にいたバイク青年である。
「ここにいたんだ……随分と探したよ」
「あ! さっきのバイク男!」
「あ♪ ノートンのおニィちゃん♪」
イオとカリストは同時に声を上げ、イオは身構え、カリストはバイクに駆け寄る。
「……ロリコンの変態っ! まだウロついてたのっ!? まだ何か用でもあるっていうのっ!?」
「いや、何というか……君にカリストを任せても大丈夫なのかなってさ」
それを聞いたイオは不快感も露わに、バイク青年に詰め寄る……カリストは再びマフラーに顔を近づけて熱心に排気を吸っていた。
「なによ、その言いぐさ……私じゃカリストを護れないとでも言いたいわけっ!?」
「……さっきも言ったけど、俺にも立場や役目があるんだよ。無理そうなら無理だって言ってくれればイイ」
気安そうな口調で、なかなか強烈なことを言ってのけるバイク青年。すでに充分に腹の立ってきているイオは、思わず握り拳を握る。
「いまの私は会社から許可を貰ってるから制限が外れてるわ……何なら試してみる?」
「こっちは別に構わないけど、女のコを痛ぶるのは趣味じゃないな」
すると、カリストがアタマをクラクラさせながらイオとバイク青年の間に立ち、言う。
「なんか良く判んないけど、わたし、イオがいるからだいじょぶだよ~♪」
カリスト自身でも根拠は判らなかったが、きっとそんな確信がある。
それを受けて少し困ったように肩をすくめるバイク青年。
「……そうか。ならイイんだけど」
そう言いながらイオを一瞥すると、イオは無言でムネを張って勝ち誇ったような態度を示すのだった。