第19話
遠くからエンケラティスの声が聞こえたような気がした。
いつものように、照れ隠しのつもりなのか強い語気で何か言っている。
エンケラティス、ホントに来てくれたんだ……。
嬉しい……♪
その声はカリストの意識を辛うじて呼び戻した。
ここまでの経緯を途切れ途切れながらも思い返すことができた。
メアリ、撃たれちゃったよ……。
メアリ、死んじゃったのかなっ……?
わたしがコーヒー飲まなきゃメアリ死なないで済んだのかなっ……?
何が起きているのかは判らなかったが、誰かに抱きかかえられるのを感じた。頑張って目を開けて見ると、自分を抱きかかえているのは先ほどのバイク青年らしい。バイク青年は何か必死になって誰かに話しかけているようだったが、声は聞き取れず、やがてカリストは再び意識を失った。
「あんたも連中の仲間!? そのコを返しなさいよっ!」
「待ってくれよ……俺は敵じゃない……たぶん」
カリストを抱いたバイク青年に、イオは今にも飛びかからんとしている。戦闘用アンドロイドを難なく殲滅したイオであったが、その間にいつのまにか現れたバイク青年にカリストを横取り(?)されてしまったのだ。
「たぶんって何よっ!?」
「イロイロとワケがあるんだよ……俺の都合も考えてくれよ」
「言ってることの意味が判らないわ……あんたの都合なんてどうでもイイのよっ! 四の五の言わずにカリストを還しなさいよっ!」
「…………」
バイク青年は少し困ったような顔をして考え込む。イオも明確に敵意を示さない青年に対して実力行使すべきかどうか、手を倦ねているようだった。
「困ったなぁ……コレはコレでまた面倒なことになりそうだな……」
「そのコは……カリストは……私の大事な人なの……だから連れて行かないで……」
とうとうイオは顔を真っ赤にして瞳を潤ませ始めてしまう。
「お願い……還してっ……!」
「う……わかった、返すよ。このままじゃ俺が悪者みたいになってしまう」
バイク青年は自嘲しながら抱えていたカリストをイオに差し出した。
「でも、このコ、これからも何かと面倒事に巻き込まれるよ?」
「その時はその時に考えるわよっ!」
イオはササッとカリストを奪い返すと、その場にヒザを付いて強く抱きしめた。
「良かった……ホントに良かった……!」
「……ところでさ……この現場、どうするの?」
メアリや戦闘用アンドロイドの残骸や、彼らが発砲した事実なども含めて、感動のご対面に水を差すバイク青年。イオはキッと睨んで言い返す。
「あんたに心配してもらわなくっても手筈は整ってるわよっ! そんなことより、あんたこそ得体の知れない人間なんだからサッサと姿を消した方がイイんじゃないの? ウチの連中が来たらメンドーなことになるわよ?」
「心配ご無用……こっちも段取りは付いてるからね……ま、でも姿を消した方が良さそうなのは確かだろうね」
どれくらい時間が経ったのか……実際には1時間も経っていないのだが、カリストは永い眠りから目覚めたような気がした。
「んう~ ……んう……?」
目を開けると、そこは見慣れた自分の部屋のベッドの上だ。
「カリスト、気が付いた?」
すぐ傍でエンケラティスが応じる。
「憶えてるわよね? 意識を失わせるナノデバイスを飲まされたのよ……でも、もう大丈夫。除去デバイスを投与したから、もう少し時間が経てば元通りになるわ」
「うん……エンケラティス……」
まだカラダにチカラが入らないが、カリストはモゾモゾとベッドの上で上体を起こした。
「エンケラティス、ホントに逢いに来てくれたんだ……♪」
そう言って念願かなったエンケラティスの顔を見たカリストだったが、そこにいたのは当然の如く見知ったイオである。
「?? ……ふぇ? イオ? あれっ??」
「……そう、私はイオ」
髪はツインテールに結わえていないし、着ている服も見慣れない無骨なものだったが、確かに間違いなくイオである。カリストは酷く混乱したようだった。
「ふぇ? だって……お声はエンケラティスだよっ? でもお顔はイオだよっ??」
「その……騙すつもりは無かったし、どうせすぐにバレると思って深く考えてなかったんだけど……声だって同じよ?」
イオは恥ずかしそうに、申し訳なさそうに説明を始める。
「私はイオで間違いないんだけど、その……なんというか……エンケラティスも私なのよね……」
「ふぇ……?」
想像すらしていなかった事実を告げられ、カリストは愕然とする。
「そ、そいじゃ……イオはエンケラティスの二重人格!? それとも双子なのかなっ!?」
「あんた……見事に考え方が明後日の方向を向いてるわね……」
イオは逆に安心したように微笑む。
「同一人物よっ! 私の名前はイオで、通信で名乗っていたエンケラティスという名前が偽名。だから最初からあんたを騙してたってコトになるんだけど……そ、その……なんか話しをしてるうちに、あんたに会いたいな……って思ったり思わなかったりして……でも、建前上はエンケラティスはカリストに会っちゃいけないってことになってたし……そ、その……ごめんね」
「でもイオってば、エンケラティスなんだよねっ? エンケラティスだったんだよねっ?」
「ま、まあ……そういうコトになるわ……まさかあんたが同一人物だって気付かないほど鈍いとは思いもしなかったし、ほんの冗談みたいなつもりだったんだけど……その、イロイロと引っ込みが付かなくなっちゃって……」
当惑したような顔をしているカリストを見るにつけ、次第に気分が沈んでくるイオ。悪意は皆無だったにせよ、純真なカリストを結果的に弄んだことに、改めて軽く自己嫌悪を覚える。
ところが、ややして完全に状況を理解したカリストは顔を輝かせて朗らかに言う。
「えへへ……そしたらイオのこと、エンケラティスのぶんと合わせて、今までの2倍くらい大好きになっちゃってイイよねっ♪ イオだあい好きっ♪」
そして元気に跳ね起きてイオに抱き付いたのだった。
『第1部は、もう少しだけ続くわね』
「えへへ~♪ えへへ~♪」
『もう! デレデレしないのっ!』