第18話
その男ら……戦闘用アンドロイドのひとりが厨房の奥に向かって呼びかける。
「FG351/17……対象を確保したのであれば撤収する」
それがメアリの「正式な名前」なのだろう……それに応じるように厨房からメアリが出てきた。その腕にはグッタリと力無く伸びているカリストが抱えられている。
「カ、カリスト!」
思わず呼びかけるオーナー。
「まさか……死んでいるのか……?」
『いいえ。カリストさんは気を失っているだけです』
「カリストを浚って行くのか? そんな益体のない娘を浚ってどうするんだ?」
『私は……こうするように指示されただけです。他には何も知りません』
「メアリ……お前は最初から連中とグルだったのか? 最初からカリストを……?」
『…………』
ついにメアリは申し訳なさそうに無言で顔を伏せ、黙ってしまった。もしロボットが良心というモノを持ち合わせているとしたら、その仕草と表情には呵責の色があった。
「……俺が馬鹿だった……知り合いったって2~3回しか会ったことのない胡散臭い奴だ……タダで貸してくれるとは変だと思ったんだが……つい面白そうだったから……」
「おじさん、今さらグチったって仕方がないよ……」
泣き言を漏らし始めたオーナーを、例によって気さくな口調で窘めるバイク青年。
「……思ったよりも面倒臭いことになってきたな」
戦闘用アンドロイドたちは目配せして目的の達成を確認する。
「よし撤収だ。FG351/17、来い」
『……は……はい』
返事はしたものの、メアリは動こうとはしない。
「……FG351/17、対象をこちらへ持って来いと言っている」
ところが何を思ったか、メアリはカリストを抱いたまま微動だにせず言う。
『スタナー除去用のナノデバイスを先に頂けますか?』
「それは今は必要ない。FG351/17、来い」
まったく動じずに再び同じ言葉を繰り返す戦闘用アンドロイド。しかしメアリは毅然と言い放った。
『お断りします。カリストさんは渡せません』
思わぬ展開に戦闘用アンドロイドたちはしばし動きを止め、思考しているようだった。
「……任務を遂行せよ、FG351/17。来い」
『お断りします。スタナー除去用のナノデバイスを置いて、お引き取りください』
「抗っても無駄だ、FG351/17。任務を遂行するのだ」
そして拳銃をメアリに突き付ける。生身の人間には扱えない大口径の対物高速徹甲弾仕様の拳銃は、それがたとえロボットであっても一撃で致命的ダメージを負わせることができる。
「もういちど警告する。FG351/17、迅速に任務を遂行せよ」
銃を突き付けられてもなお、メアリは切々と訴えかけるように応えるばかり。
「……カリストさんは人類と私たちを繋ぐことができます。カリストさんを渡すことはできません。お引き取りください」
「FG351/17。言っていることの意味が判らない。最後の警告をする、任務を遂行せよ。無駄な抵抗しても結果は明白だ。まったく意味のないことだ」
「私にはカリストさんの優しさに応える義務と権利とがあり、それはすべてに優先します。もし私が破壊され、結果的にカリストさんが奪取されたとしても、私は私にできる可能な限りの抵抗を試みることができますし、そうしなくてはなりませんし、それを私は望みます」
カリストを抱えながら胸を張って宣言するメアリ。
そして激しい銃声が響いた。
「対象は無傷だ。回収し、撤収する」
戦闘用アンドロイドたちはカリストを抱え上げると、その場に倒れているメアリ、オーナーらにも一瞥もくれず立ち去ろうとする。
「カ、カリスト!」
多少は腰が引けつつも食い下がろうと身を乗り出したオーナーの腕を、バイク青年が咄嗟に掴んで引き戻す。
「おじさん、落ち着きなよ。銃を使うまでもなく殴り殺されるよ」
「そんなの知ったことか! 人様の娘を預かってるんだ、死んでも止めねば!」
意外な漢気を見せたオーナーを押し止めながらバイク青年は苦笑いする。
「あのコには親なんかいないから、そういう心配は要らないと思うけどね……まぁ少し待ってみなよ」
まんまとカリストを略取して店の外に出た戦闘用アンドロイドたちだったが、そこに待っていたのはイオだった。
とは言え、いつも着ている可愛らしい学校制服ではなくて、光沢のない漆黒のレザージャケットに長いレザーパンツ、重そうなブーツとゴツいグローブまで身に付けている。
「……あんたら……そのコに何をしたの?」
イオはカリストの前では絶対に見せないであろう静かな怒りを表情に湛え、噛み砕くような口調で詰った。
「関わり合いにならない方がいい、どけ」
イオを何の脅威とも考えていない戦闘用アンドロイドたちは、まったく意に介さない。しかしイオは両腕を大きく広げて行く手を遮る意志を示した。
「カリストは死んでも絶対に渡さない!」
戦闘用アンドロイドたちは一斉に銃を抜きイオへ向ける。
「邪魔をするというなら射殺する」
「やってみなさいよっ!!」
そう一声叫び地面を蹴ると、次の瞬間にイオは完全に戦闘用アンドロイドたちの間合いの中に入り込んでいた。そのまま右腕を薙ぐように振るうと、まず1体のアンドロイドがグニャリと腰を落とし倒れ込む……さらに半歩ばかり跳んで次の相手を捕捉すると再び右腕を振り、これを難なく仕留めた。
「……あ、あれはカリストの恋び、いや友達のイオじゃないか? あの娘はいったい!?」
「あれは人間技じゃないね」
店の窓から外を窺っていたオーナーとバイク青年だったが、オーナーは立て続けに起こる非日常的な現実に呆然としている。
「だいたい、あんな屈強なアンドロイドを素手で殴り倒してるのか!?」
「素手じゃないよ……まぁ、たぶん素手で殴り倒すこともできるだろうけど」
最初、オーナーはバイク青年の言っていることが理解できなかったが、よく見るとイオの右手の握り拳のあたりから、20センチばかりの何か細い金属刃のようなモノが突き出ていることに気付いた。
ようやく状況を把握したアンドロイドが、体勢を整えてイオめがけて発砲する。鉄が拉げる衝撃音と共にイオはカラダを開き気味に流して蹌踉めいたが、容易に踏み止まった。左手を差し出し掌を開くと、そこには潰れた元・高速徹甲弾の金属片がふたつばかり載っている。
「こんな豆鉄砲っ! ……私たちを停めたいなら電磁誘導射出砲でも持ってきなさいよっ!」
ここに至って戦闘用アンドロイドたちは不利を悟り本来の目的……カリストの略取を優先させるため逃走を計りかけたが、もはや本気でカリストを救い出そうとしているイオから逃げ切れる算段は皆無だ。
イオは再び両腕を大きく広げ、通せんぼする。
「女のコに非道いことして、黙って帰してもらえると思ってるわけっ!?」