第17話
元からのんき者のカリストは待つことを苦にしない性分だったが、バイク青年と同席してお喋りに興じたため、より時間の経過が早く感じられたのだった。
「また今度お店に遊びに来てほしいなぁ」
「うーん……今日はたまたまポツダムに用事があったから来ただけなんだ。普段はベルリンに住んでるし、街の外には出ないことが多いからなあ……まぁ機会があったら来るよ」
「バイク乗りなのにツーリングとか、あんまししないのかなっ?」
「カフェレーサーだからね。喫茶店にタムロしてるのがお似合いさ」
ふたりの会話を聞いていたオーナーは思案顔で頷いている。
「ううむ……クラシックなロッカーズカフェか……こりゃイケるかもしれんな……最近は懐古主義も流行ってるし」
やがて約束の2時を迎えようとしていた。人待ちのバイク青年も待ち人来たらず、まだ店内に残っている。カリストはソワソワと窓の外を見たり立ったり座ったりを繰り返していた。
「お前さんは本当に落ち着きがないな」
「えへへ~♪ だってエンケラティスに会えるんだも~♪」
てれてれと笑いながら自分の薄いムネに手を置くカリスト。
「ドキドキしすぎてヘンになっちゃいそだよ~♪」
「お前さんは元から充分にヘンだよ……ははは」
ふたりが笑いあっているとメアリが厨房から顔を出した。
『カリストさん、ちょっと宜しいですか? こちらに来ていただきたいのですが』
「なあに~?」
カリストは考えるまでもなく気安く応じて厨房へ入る。
『このコーヒーを……飲んでみていただけますか?』
「あ、さっきゆってた新しいブレンドのコーヒーだよねっ♪」
メアリが差し出したカップを手に取るカリスト。淹れたての深い色をしたブラックコーヒー……漆黒の液体は僅かに泡立っている。
その時、なぜかカリストは「コレを飲んではいけない」と直感した。
まったく理由も根拠も判らないが、そう確信する。
コレを絶対に飲んではならない!
カリストはカップを手にしたままメアリを見る。
『いかがしましたか?』
メアリは普段通り微かな笑みを浮かべていた。ロボットゆえに表情から真意を伺うことはできない。
「……メアリ……コレって……」
言いかけたが、カリストは言葉を止めた。
最大の疑問は「どしてわたしが?」であった。
なぜカリストがメアリに謀られなくてはならないのか?
怪しげな男たちとメアリのやりとりを目撃してしまったからだろうか。
しかし、何にしても「せっかくメアリが淹れてくれたコーヒー」なのだ。
カリストはエンケラティスも言うように底抜けのオヒトヨシだった。
それは、カリストが望んでそうしているから、そうなのだ。
どのような企図があったにせよ、誰かがガッカリする顔を見たくはない。
こんな考え方は自分でもヘンだとは思う。
だが、カリストは常に自分の気持ちに素直なのだ。
カリストは絶対にカリストを裏切らない。
自らが願うように望むように生きる、それがカリストの生き方なのだ。
たとえ、どんな結果になろうとも、それがカリストの生き方なのだ。
「えへへ~♪ おいしそだねぇ♪ イタダキま~す♪」
『あっ……』
カリストは普段と変わらない様子で何度かカップの縁を舐め、それから事も無げに一気に毒杯を呷った……一瞬メアリの表情に強い戸惑いの色が浮かんだが、カリストは気付かなかった。
……何のことはない、普通の美味しいコーヒーだ。
「……オイシイねぇ♪ でもちょと渋みが強いかなぁ……カフェオレのベースに……」
『カリストさん、あなたは……気付いたのではないですか?』
メアリの表情は普段とは変わらなかったが、その口調には微かな憐憫を感じさせた。
「……なんのコトかなっ? よくわかんないや」
カリストはカップを洗いながらニッコリと笑う。
「メアリはロボットだも……メアリが悪いんじゃないよっ♪」
『ですが……あなたは……』
「気にしなくてイイよ~♪ わたし、メアリが怒られてるのとか、見たくないから」
カリストはムネの奥に物理的な痛みを感じていた。熱く焼けるような痛みだ。その痛みは急激に強まり、カリストは立っていられなくなる。
洗いかけのカップがシンクの中に落ち、転がった。
「んう……おムネ苦しいよ……」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけカリストは後悔を感じた。もうすぐそこまでエンケラティスが来ているはずだ。大好きなエンケラティス……。
「あ……ああぅ……!」
『カリストさん……私は……』
メアリは頽れるカリストを抱き留め、厨房の外に視線を向ける。
「うわ! なんだお前ら!?」
それと時を同じくして、あまりにも唐突に数名の男が喫茶店に押し込んできて、オーナーとバイク青年の姿を確認するや巨大な拳銃を突き付けた。
「ウチは4年連続赤字経営の喫茶店だ、金目のモノなんか何もないぞ」
ワケが判らないままオーナーは両手を頭上に掲げながら冷静に言い訳をしてみるが、男たちは銃こそ拳銃のみだったが特殊部隊が着るような揃いのジャケットアーマーを装着しており、どう考えても強盗や物取りの類だとは思えない。
「黙れ、こっちに来い……そこのお前もだ……早くしろ」
男は拳銃をしゃくって脅しをかけてきた。その声に人間味のある抑揚や暖かみは皆無だ。動作も機敏で迷いが感じられず、どうやら男たちはロボット、それも戦闘用にカスタマイズされたタイプのアンドロイドのようだった。
オーナーとバイク青年は銃を突き付けられたまま店の隅に押しやられる。今までも何かと危ない橋を渡ってきたことがあるらしいオーナーは意外と冷静な様子だったが、それに輪をかけてバイク青年の落ち着きようは尋常ではなく、それまでと何ら変わらない気楽な雰囲気を保っている。
「まいったね……こんなコトに巻き込まれるなんてツイてないよ」
「それよりも奥にはメアリとカリストが……」