第16話
翌日、カリストは朝早くに飛び起きてシャワーを浴び、時間をかけて髪をキレイに梳き整えた。コロンを探したが、よく考えたら化粧品や香水の類をまったく持っていないことを思い出し、仕方ないのでバニラエッセンスを数滴ばかりカラダに振りかけて代用するという大胆な方法を採った。
「エンケラティスに会えるよっ! ……夢みたい……♪」
待ち合わせは喫茶店で2時だったが居ても立ってもいられず、カリストは喫茶店が開店する11時に合わせて部屋を飛び出したのだった。
「まいすた~♪ オハヨーございま~す♪」
「し、信じられん」
午前中にカリストの姿を目にしたオーナーは愕然とした様子だ。
「お前さん、本当にカリストなのか?」
「ヤダなぁ、まいすた~♪ わたしはわたしだってば~♪」
『おはようございます、カリストさん』
「えへへ♪ メアリ、オハヨ~♪」
カリストは朗らかに笑ってカウンタ席の隅にチョコンと座る。
「今日ねぇ、だあい好きな女のコに会うんだよっ♪」
テレテレと嬉しそうに語るカリストに、オーナーは合点する。
「あぁ、あのイオって娘か」
「んう、違うよ~、まいすた。エンケラティスてゆ別の女のコだよ~♪」
「……虫も殺さないような顔をして意外とヤリ手なんだな、お前さん……」
「? ……わたし虫ちゃん大好きだから、絶対そなことしないよっ?」
オーナーとカリストが噛み合わない会話をしていると、メアリがコーヒーを淹れてきた。
『カリストさん、こちらをどうぞ。新しいブレンドの豆なので、味見がてら召し上がってみて下さい』
「おぉ、そうだ、お前さんは案外と舌が利くからな」
限定的ではあったが、今やすっかりカリストはオーナーの信頼を勝ち得ている。
「えへへ~♪ そいじゃイタダキま~す♪」
と思ったとたん、店の外からカリストの好きそうな音が聞こえてきた。
「んう? ……バーチカルツイン……かなっ♪」
「バ……何だって?」
オーナーが聞き返すより早く、すでにカリストは店外に駆け出していた。
カリストが外に出て見れば、ひとりの青年が古臭いバイクから颯爽と降りるところだった。
バイクも古臭かったが、それ以上に最近では絶滅同然のカフェレーサー風の革ジャンにジーンズという、かなりクラシックな出で立ちだ。これでリーゼントにでもしていれば、完全に絶滅種である。正直なところ、時代錯誤も甚だしい。
「カッコイ~イ♪」
カリストは黄色い悲鳴を上げて青年に詰め寄り、ウデを上下に振りながら顔を輝かせる。
「とってもとってもカッコイイねぇ♪」
「……え?」
突然の少女の嬌声に青年は酷く戸惑ったようではあったが、すぐに状況を理解して満更でもない様子。
「そ、そうかい? 君みたいに可愛い女のコにそう言ってもらえると嬉しいよ」
「これってば、ノートン650SSだよねっ!? 750かなっ?」
カリストは青年の乗ってきたバイクの側にしゃがみ込んで、瞳を輝かせている。
「あ、バイクのことね……」
青年は思わず苦笑するが、カリストが男性に興味が無いというだけで、世間一般的には青年は充分に好男子に分類できる容姿ではあった。
「650だよ。いちおう本物だね」
「ふわあ~♪ ホンモノの羽毛布団フレーム♪ 垂直二気筒♪」
カリストは痛く感激した様子でハンドル周りやエンジンの外構を眺めていたが、最も驚くべき事実に気付いた。
「こ、これって……もしかして……ガソリンエンジン……?」
「大声じゃ言えないけど、正真正銘、ガソリンで動くバーチカルツイン」
気の良い青年は正直に応えたが、見ればカリストはノートンのマフラーに顔を近付けて、懸命に排気ガスを吸っている。
「……ガソリンのニオイ……すぅ……はぁ……♪」
カリストには微妙に奇行癖があるのだが、青年は呆れながらも付き合ってくれた。
「面白いコだなあ。カラダに悪いから満足したならエンジン切るよ?」
「えへへ~♪ ちょとアタマがクラクラするよっ♪」
青年はカリストと連れ立って喫茶店に入る。
『いらっしゃいませ。カリストさんのお知り合いだったのですか?』
「さっき初めて会ったんだよっ♪ ノートンのおニィちゃん♪」
『ノートンさんとおっしゃるのですね』
「……そういう訳じゃないんだけど、まぁそれでいいよ」
青年は少し困り顔で笑う。
「2~3時間、ちょっと人を待たせてもらいたい……甘いカフェオレを頼むよ」
「おニィちゃんも待ち合わせなんだ~? わたしもなんだよねぇ♪」
馴れ馴れしいというか、えらく人懐っこいカリスト(いちおう美少女らしい)に付きまとわれ、青年は少し迷惑そうにしていたが、不愉快そうな感じではない。
困惑の表情でいる青年にオーナーがフォローを入れる。
「スマンね。ウチの看板娘なんだが、子供っぽい上に何かと奇抜なところがあるもんでね……悪気や他意があるわけじゃないんだ」
「えへへ~♪ わたしカリスト、ヨロシクねっ♪ ちっちゃいけど16歳だよっ、ホントだよ~?」
カリストが16歳というくだりで再び苦笑する青年。まるで信じていない感じであった。
「おニィちゃん、バイク大好きなんだねぇ♪」
「まあね……それにしても君は子供なのにクラシックバイクに詳しいね」
青年は20代半ばくらいで、まるでロッカーズのような風体ではあったが、なかなか物腰が穏やかで心安い感じがする。
「うん♪ バイク大好きだよっ♪ ホンモノの650SS見れるなんて夢みたい♪」
「この22世紀も半ばを過ぎた世に、こんな女のコが存在するとはね」
『あんたって、ホントに変わってるわよね……』
「ふぇ?」
『バイク見て喜ぶだけならまだしも、なんだか妙に詳しいし、排気ガス吸ってるし……』
「そっかなぁ……エンケラティス、ガソリンの排気ガス吸ったことある~?」
『……この時代、化石燃料は原則禁じられてるわ。ただ、加工資材用として僅かに精製されてる』
「だからガソリンエンジンは激レアなんだよねぇ……ホントは私のバイクもガソリンエンジンだったんだけど、ガソリンが手に入らなくって、仕方ないからリニアエンジンに交換しちゃったんだよねぇ」