Другая точка зрения:тридцать пятый
リミッターが外れると、過剰に多重化された私たちの「思考」は一単位の情報処理を理論上は光よりも遙かに速いスピードでこなしていく。処理速度を光速を使って説明するのは妥当ではないとは思うけれども、要は処理に伴うラグや伝送速度、そういったものが実質的にゼロと見なせるくらいに速いということ。そのとき私たちが目視で認識している光景……例えば今なら飛来するレールガンの弾丸なんだけれど、もちろん「弾丸が飛んでくる」という事実を「光速を超えて見る」ことはできない。思考は光速度を超えていても、外部からの入力は光速を超えることができないから(それができているとしたら一種のタイムトラベルをしていることになってしまう)。
だから、私たちは有り余る「時間」の中にあらゆるパターンの「仮想の未来」を創り上げて、予想し、検証し、適切と思われる行動を選択する。人間でいうなら一種の勘や直感のように「それ」は私たちに与えられる。いまレールガンの弾丸を跳ね除けようとしているデスピナも、たぶん様々な可能性を考慮して、考え得る中で最も適切な、弾丸の挙動に合わせた動きをするだろう。と言っても、リアルタイムで弾丸の挙動に合わせた身体の動きを行うのは容易にことじゃない。前にも言ったと思うけど(たぶん言ったと思う)、いくら私たちの思考速度が光より速くても、私たち自身は物理世界の住人だから、重力や慣性や摩擦、いろいろな制約を受ける。その制約の中で極限まで無駄を省いた挙動を選択してレールガンの弾丸を受け流さなくてはいけないのだから、デスピナの思考のほとんどはそれに傾注しているはず。
その点、デスピナを支えているだけの私には充分な余裕があった。飛翔してくるレールガンの弾丸の挙動を、デスピナよりも注意深く観察することができる。弾道や着弾までの時間を何度も何度もシミュレートして、その威力や特性を可能な限り詳細に予測する。でも、いくら正確な予測値が出たところで、私たちは互いを機械的に接続しない限りは言語やゼスチュアや目配せ……そういった「人間レベル」の伝達方法でしか意思を伝え合う手段を持っていないから、着弾までコンマゼロゼロ数秒という今の状況では、私が知り得た情報をデスピナに伝えることはできない。
……伝えることはできない。いままさにデスピナの手のひらに着弾しようとしているレールガンの弾丸が、実は純粋な銀製ではなくて複合素材で造られていることにデスピナは気が付いているだろうか? それを確認し合うこともできない。私は誰に確認することもできないまま、ふたつの候補の中から重大な選択することになってしまった。
ひとつ。デスピナを信じて、このまま支える。ここでいう「信じる」は、信頼するというよりも「任せる」という意味合いが強い。どのような事由や状況だとしても、デスピナの考えを尊重して、その代わりに結果のすべての責任を負ってもらう。
ふたつ。私は私が思う最善手を打つ。この結果、みんな助かるかもしれないし、もっと酷いことになるかもしれない。デスピナの邪魔をするということになるから、もちろん私は私の行動の全責任を負うことになる。
こういうとき、やらないで後悔するよりもやって後悔する方がマシだなんてよく耳にするけれども、どちらにしても「まったく後悔のない選択」なんて滅多にできることじゃない。ましてや愛する同胞を傷付けるような選択に至ってる私の思考が、どれくらい正しいのかも判らない。でも、私は「やらないと、やられる」と確信しているから、やる。
私はリミッターの切断レベルの引き上げを申請して、それは即座に私自身に認可される。守備的な戦闘態勢から攻撃的な戦闘態勢に移行した私は、要は「闘える状態」になった。これは右腕に内蔵されている近接戦闘用ブレードの使用が可能になるということで、つまり私は自発的に能動的に他者を殺傷することが可能になるということ。
もちろん今までに誰かを殺傷したことはない。だいたいリミッターが切れたのすら今日が初めてだし。仮にも戦闘用バイオロイドとして創られた私は、その必要がある限りは闘うことに怖じ気づいたり躊躇ったりすることは決してないけれども、今からやろうとすることは厳密には戦闘行動ではないので、最期の瞬間まで本当にこれで良いのだろうかという迷いは少なからずあったと思う。でも、もう時間がない。やらなくちゃいけない。
私はデスピナの腰から右腕を離しながら戦闘用ブレードを展開する。液体窒素で常時保護された戦闘用ブレードはアルゴンガスの圧力で瞬間的に私の手の甲を突き破って冷たい刃を空気に晒した(傷ついた手の甲はナノマシンの働きで半日くらいで治るらしい)。今まさにレールガンの弾丸を掴んだデスピナのカラダが、まったく想定していない方向に捩れようとしているのが判る……デスピナが対消滅炉の回転をさらに上げながら何とか抗おうとしていることも。
『ゴメンね、デスピナ!』
私はココロの中で百万回は謝りながら、デスピナの左肩、人間で言うなら肩甲上腕関節にあたる部分を下方から全力でひと思いに突いた。戦闘用ブレードの切っ先は何の抵抗もなく戦闘制服越しにデスピナの左肩に吸い込まれていく。デスピナの左肩を背後から私の右腕で突くという位置関係上、一見するとチカラの伝わりが悪いようにも思えるかもしれないけれど、デスピナの左肩から左腕を切り離すには現状の方が好ましかった。