Другая точка зрения:тридцать четвёртый
私は努めて冷静にレールガンの弾丸に触れようとする。ほんの少し、ほんの僅かだけ触れて外に逸らせばいい。この行動の責任と意味は重大だったけれども、するべき動作そのものは私たちにしてみれば造作もないことで、テーブルの上に置かれたマグカップを手に取るのとそれほど大差ない。もちろんレールガンの弾丸を逸らすことに伴う痛みとダメージは未知数だったけれども、だいたいバイオロイドは「痛みを感じてる」という認識をして、それに相応しい反応を出力しているだけ(突き詰めれば人間も同じ理屈なんだろうけど)だから、リミッターが切れてさえいれば、どんなに激しい苦痛を受けても気を失ったりショック状態になったりなんかしない……たぶん。私は今までそんな強烈な痛みを味わったことがないから確証はないのだけれども。
すぐにグローブ越しにレールガンの弾丸の弾頭が私の手のひらに着弾する。もう半ばプラズマ化した熱と光のカタマリみたいなものだから、人間が認識するレベルでは弾丸とは言えないかもしれないけれど、レーザーやある種の放射線と違って明確な質量があるから弾丸であることには違いない。だから、ほとんど質量はないといってもれっきとした質量弾だから、弾丸をマトモに正面から受けてしまうと凄まじい衝撃波が発生してしまって、たぶん私たちがいる小屋なんて木っ端微塵に吹き飛ぶだろうし、私やネレイド、ロシア人の男も巻き添えになるのは間違いない。何度も言うように、私たちは吹き飛んで少し痛い思いをするくらいで済むだろうけど、貧弱な人間は吹き飛ぶまでもなく衝撃波と弾丸の「飛沫」に当たって死んでしまうだろう。なので私は予定と計算通りに着弾と同時に突き出した左の手のひらを時計回りに返し始める。ちょうど極東の古典的な武術「айкидо」の達人と呼ばれるような人たちが、掴みかかってきた暴漢を小手先ひとつ、僅かなチカラ加減で転がすのと理屈は同じだと思う。そう考えると、人間の経験に基づく力学理論と実践力も(まさか瞬時に計算をしてのことだとは思えないけど)私たちに匹敵するものがあるのかもしれない。
弾丸は私の手のひらの上を滑り始める。すぐに凄まじく重い衝撃の壁が私の左腕を引き千切ろうと暴れ出したけれども、ネレイドが私の下半身をしっかり抑えてくれているのが心強い。弾丸はまるで液体金属のような流体になってすぐに四方八方に飛び散ろうとするので、私は衝撃に耐えながら紙の上で水銀を集めるように巧い具合に腕と手のひらをコントロールして、努めて一箇所に集まらせつつ、かつ、エネルギーの向きを外側に逃がそうとする。ある程度まで弾丸の向きを変えてやることができたら、あとは少しだけ振り解いてあげさえすれば跳弾させることに成功するだろう。あと少し、ほんの少し。
そう思った私だったけれども、手のひらに何か違和感を覚える。外向きに滑り出した弾体とは別のチカラが手のひらに掛かり始めたことに気が付いた。それは外向きになるどころか内向きに……要は逃がしてやりたい方向とは逆向きに私の手のひらに食い込んでくる。
『弾芯があったんだ……!』
普通、レールガンの弾丸は純銀製で、細長い針のような形状をしている。極限まで弾速を高めることによって狙撃の成功率や精密性を向上させ、衝撃で目標を破壊なり殺傷なりさせるという運用思想なので、弾丸自体は重かったり硬かったりする必要はないし、むしろ柔らかい弾丸を用いた方が都合が良く、要は貫通力や透徹力は二の次で、ほとんど無視されている。
ところが、私に飛んできた弾丸は、ある種の戦車砲弾のように複合材で作られていたらしい……たぶん炭化タングステンとか、そういう素材が弾芯として使われていたみたいで、そうなると、弾丸は私が考えていたような振る舞いとまったく違った特性を見せることになる。
私は少しだけ考えてから、もうどうにも被害を皆無にすることが難しいような気がしていた。私の左の手のひらには、すでにグローブを引き裂いた炭化タングステンの弾芯がめり込み始めている。痛いことは痛いけれど……それ以上に自分自身の読みの甘さが悔しかった。飛んでくるレールガンの初速に対する速度の漸減率から、弾丸が複合材で作られていることは充分に予測できたはずなのに!
手のひらから入った弾丸は、容易に私の手首を壊しながら容赦なく突き進んでくる。腕を返せば私自身の損害は減らせるけれど、代わりに弾芯ではなく弾体が好き勝手に弾け飛ぶから、そうなるとロシア人が死ぬ。とは言え、今のままでも私自身が体勢を崩し掛かっているからどうなるかは判らない。頼みの綱は私にしがみついて支えてくれているネレイドが何か機転を利かせてくれるかどうかだけれども……その時、私はネレイドの片腕が私の腰から離れていることに気が付いた。何か溜め息を吐くような空気が漏れるような音を瞬間的に知覚して、それから私は自分の肩あたりに何か鋭利なモノを突き立てられていることを知った。