第13話
注意:極めて僅かながら性的な行為を暗示させる内容が含まれます。
イオがシャワーに入っている間に、カリストはベッドを整える。
「まくら並べて……っと♪ えへへ♪」
カリストは幸せな気分だった。誰かと、それも大好きな人と枕を並べて寝ることができるのだ……それはカリストのアヤフヤな記憶の範囲内では生まれて初めての経験だった。
「朝がくるまで寝ないでおしゃべりしてたいな♪ ……でもきっと、わたし寝ちゃうよねぇ」
そうこうしているうちにイオがシャワーから上がってくる。バスローブをまとい、ツインテールを解いた長い濡れ髪をタオルで拭きつつ、何か言いたげな顔をしている。
「……どしたのかなっ?」
「ん……別に。あんたもシャワー入ったら?」
「うん♪ ……お部屋の中にあるもの、何でも見たり触ったりしててイイよっ♪」
シャワーを終えたカリストは手頃なシーツをカラダに巻き付けて部屋に戻った。見ればイオは隅のほうで神妙な顔に腕組みして仁王立ちしている。
「どしたの~?」
「どっ、どうもしないわよっ! よ、よく考えたらベッドがひとつしかないじゃない!?」
「そだよ~♪ だって一人暮らし用のマンションだも」
「ひとつのベッドに、ま、ま、まくらが、ふ、ふたつ並んでる!」
「そだよ~♪ だってベッドひとつしかないんだも」
「じゃあ私は床に寝る!」
それを聞いたカリストは少し残念そうな顔をする。
「そ、そいじゃ、わたしが床に寝るよっ?」
「あ、あんたはベッドで寝ればイイのっ! あんたのベッドなんだから!」
「イオ……わたしといっしょに寝るのイヤかなっ?」
「う……。そ、そういうわけじゃ……」
「えへへ~♪ どっちにしても、おフトン、一組しかないんだよねぇ」
まるでイオはカリストに太刀打ちできないのだった。
とは言え、しばらくふたりは仲良くお喋りに興じた。
「あんた、その……す、す、好きな男の人のタイプとか、あるの?」
「うん♪ カワイイ女のコ~♪」
「い、いや、男の人! 男性! 判るわよね?」
「? ……女のコじゃダメなのかなっ?」
「…………」
こうもハッキリ言われてしまっては返す言葉もない。
「はあ……カワイイ女のコねぇ……男の人には興味ないんだ」
「どして男の人じゃないとダメなのかなっ? 女のコのほがカワイイから大好きなんだけどなぁ」
「はあ、そうですか……」
「イオみたいな優しくてカワイイ女のコだあい好き~♪」
そう叫ぶや否やイオに抱きつこうとするカリストだったが、ヒョイとかわされる。
「それは嬉しいけど……どうもあんたの言う“好き”の定義に確信が持てないわ……」
そうこうするうちに気が付けば日付も変わっている。
「あんた、もうそろそろ限界みたいね」
「う、うん……ちょと眠いかも」
「……いちおう聞いておくけど……あんた、そのシーツの下ってハダカ? ホントに全裸?」
「そだよ~♪ 見る~? えへへ♪」
事もなげに言ってのけるカリストではあるが、やはり少しは恥ずかしげではある……が、イオはもっと恥ずかしい。
「なっ!? ば、ば、バカなこと言ってないで、ね、ね、寝るわよっ!」
照明を落とし、ふたりはモゾモゾとベッドに潜り込む。
「ちょ、ちょっと向こう向いててよっ! そ、そのバスローブ脱ぐからっ!」
「うん♪」
まるでイオはプールサイドで着替えでもしているかのようだった。
「せ、背中合わせで寝るわよっ! いくら、そ、その、女のコ同士でも、節度や限度ってものが……!」
イオが言い終える前に、カリストの両腕がイオの細い腰に巻き付き、その背中にカリストの肌が……つまり薄いムネが触れた。
「あるらぁぁ!?」
「……イオ……柔らかくって、あったかい……♪」
肌理の細かいふたりの肌と肌が、まるで互いを吸い寄せるかのように密着する。
カリストのくちびるがイオのうなじを撫でる……甘い吐息が耳元をくすぐる……。
「あっ、あ……やめ……!」
「……とってもツルツルしてて、気持ちイイ……♪」
カリストの掌がイオの華奢な下腹部に触れる……衣擦れの音と絡まっていく互いの脚……。
「なっ!? ちょっ!? ……カリスト……そんな……お願い……ダメ……!」
「……イオ……だあい好き……♪」
細い指先がイオのお腹をなぞりながらゆっくりと上がっていき、とうとうブラの下端に触れる。
「あっ、だ、ダメっ……そ、それ以上は……!」
「……おムネ、触ってもイイ……?」
決定的とも言えるカリストの問い掛けに、イオは言葉を失った。
暗い部屋のベッドの中を、ふたりの吐息と鼓動だけが満たしていく。
それは昂ぶりを抑えながら、ゆっくりと静かに同期していくのが判った。
もう互いの間に物理的な隔たりは無く……ただ感情や理性だけが全てを決める距離にある。
永遠に続くかと思われるほどの逡巡を一瞬の内に繰り返しながら、イオは覚悟を決めた。
「……う、うん、カリスト……私、そっち向くわ……もう、どうなっても……」
イオはカリストに振り返る。
そこには、だらしなくヨダレを垂らしながら、半目を開けて眠るカリストがいた。
世界で最もマヌケで可憐な寝顔だった。
「……ぐう……」
「なっ!? ……ば、バカぁ……!」
イオは少し安心したような残念そうな曖昧な笑顔を浮かべると、自分の腰に回されていたカリストのウデを解いて側へ押しやり、それから躊躇いながらも手を繋ぐ。
「……なんか悪いことしちゃった、かな……」
「……ぐう……」
眠るカリストはニギニギとイオの手を握り返した。
夜は更けていく。