Другая точка зрения:двадцать шестой
運び屋の娘はレールガンから延びるケーブルだの何だのを背中に繋いでしばらく思案顔だったが、意を決したように小さく頷き、ヒザをついて四つん這い気味に前屈姿勢を取る。この小柄で華奢な娘がどのような理屈の動力源で動いているアンドロイドなのかは知る由もなかったが、電力と冷却用触媒を生成すると言うからには、おそらくは内蔵バッテリーなどではない、俺などには想像もできないような何か凄い(まさに未来的な)発電機関を搭載しているのだろう。
始まりは空気の漏れるような微かな音だったが、それは次第に唸りに変わり、すぐに高速で何かが回っていると判る、甲高い摩擦音を伴う轟音へと変化していった。まるで旧世紀の旅客機が積んでいたジェットモーターのような音だ。さらに金属と金属が擦れ合うような音質なので、お世辞にも心地良い音ではない。俺は思わず耳を塞ぎながら大声で娘に声をかけた。
「おい! アタマがどうにかなりそうな音だ! こんな音の中で狙撃なんて……」
娘は少し眉間にしわを寄せて鬱陶しそうに俺を仰ぎ見る。元からして少しばかり不機嫌で無気力そうな表情の娘だったが、今は緊迫したようにクチを真一文字に硬く結び、まったく余裕は感じられない。口煩く喚く俺に腹を立てているのか、それともやはり体力的(?)にツライのかは窺い知れなかったが、人差し指を一本立てて、もうしばらく待つようにといったゼスチュアを返してきた。
ややして、不快だった金属的な摩擦音は次第に聞こえなくなる。おそらくだが、人間の耳では聴き取れない類の周波数に落ち着いたのだろう。娘は相変わらず微妙に苦しげな表情ではあったが、俺を顧みて小さく頷く。
「……出力が安定したわ。電力も冷媒もレールガンを動かすには充分だと思う」
しばらく俺は娘のことばかりに気を取られていて失念しかかっていたが、見ればレールガンのパネルバレルにはうっすらと霜が張っていて、まるで瘴気でも放っているかのようにユラユラと空気を揺るがせていた。レールガン本体にもスコープにも電力が供給され、すぐにでも射撃体勢に入れるようだった。
「よし、そろそろ指示された時間にもなる……やるか」
「ひとつだけ注意してほしいことがあるのだけれども……」
娘は半ば懇願、半ば警告じみた口調で言う。
「もし私に何かあって電力と冷媒の供給が停止したとしても、最低でも2回の安定射撃はできるわ。それは保障する。本当は電力だけなら10回は射撃できるのだけれど、冷媒が遮断されてパネルバレルの冷却ができなくなると、いつパネルバレルが破損したり蒸散したりするか判らないし、そんな状態でレールガンを撃てば、弾丸が破裂したり逸走したりして、たぶん貴方は死ぬほど痛い思いをするか、死ぬほど痛い思いをしてから本当に死んでしまうかすると思うから気を付けてね。その時は私も動けなくなっているだろうから、貴方を助けることなんてできない」
いまひとつ釈然としない部分もあったが、どうやらこのアンドロイドの娘は俺を気遣ってくれているらしい。俺はレールガンの銃尻側に横たわり、肩越しに娘を見る。
「お前さんの身に何かあるなんて考えたくもないがね」
「私たちバイオロイドは任務に際して死を畏れることはないわ……もし任務に殉じることになるなら、私はそれも悪くないとさえ思っている。ただ茫漠と生きるよりはずっとマシだもの」
スコープのオートトレーサをオンにすると、目標とする座標に対してレールガンが慎重に動き始めた。
「お前さんの生死観なんてのには興味はないが、あー、アレだ、いちおうは若い娘のナリをしているからには、そう簡単に死ぬのは怖くないだの殉死しても本望だのとは言ってほしくはないがな。アンドロイドだとは言っても、お前さんにだって友だちやなんかもいるんだろう?」
俺は説教などするつもりなどまったくなく、余計なことを言ってしまったと後悔した。だいたい死と隣り合わせの人生を送ってきた俺に、生き死にをどうのこうの言う権利など微塵もないのだ。しかし娘は急に驚いたような喜んだような顔をして、まったく予想外な反応を見せた。予想外と言うよりは、まったく脈絡のない反応だった。
「よく考えたら私、誰かとこんなに話をするのは貴方が初めてかもしれない!」
「はぁ?」
「もう時間が迫っているわ……そろそろ始めた方がいいかもしれない」
娘が一瞬だけ垣間見せた不思議な表情に、俺は良い意味でチカラが抜けていた。もう一度だけ娘を顧みる。
「感謝する」
「どういたしまして」




