Другая точка зрения:девятнадцатый
黒スーツの大男は、俺の横たわるベッドサイドにイスを横付けして座った。無骨そうな大男ではあったが、その立ち振る舞いは俊敏で隙がない。短く刈り込んだ頭髪や強く噛みしめたガッシリとしたアゴ、窮屈そうにスーツなど着ているが少なくとも単なるサラリーマンなどであるはずもなく、恐らくは軍人、しかもどちらかというと諜報や特殊工作を行うタイプのエリート軍人だろうと俺は踏んだ。
「ミスター・バシキロフ」
大男は飛んでいるハエくらいなら射落とせそうな凄まじく鋭い眼光を向けながら俺の偽名を呼んだ。そして少し口元を引きつらせる。後で思ったのだが、どうやらこれは奴なりの笑顔だったらしい。
「ミスター・バシキロフ……いや、ミスター・レオーノフと呼ぶべきか」
奴は俺の素性を知っている。これは即ち、ふた通りの展開が予想できた。奴は俺の雇い主の関係者か、すっかり事情を織り込み済みの敵か、そのどちらかだ。いずれにせよ俺は観念するしかなかった。
「……確かに俺はレオーノフだ。で、お前さんは誰だ? まさか自動車保険屋じゃあるまい」
「私はアストラル技研のエージェントだ。名前か? マインツだ」
マインツと名乗った大男は、いとも容易く身元を明かした。俺の予想に反して、軍人ではなく単なるサラリーマンだったということになる。しかし、アストラル技研のエージェントだと? 微かに訝しげな表情を見せた俺を目ざとく察したのか、マインツは即座に言葉を継ぐ。
「単刀直入に言おう。我が社が今回の件の貴殿の依頼主ということになる」
「こいつは驚きだ。俺のような戦争屋に仕事を頼まねばならんほどアストラル技研は人手が足りんのか」
思わずクチを突いて出た俺の言葉は皮肉や挑発などではなく、真実そう思ったからだ。世界で最も優れた企業に人無しとは思えなかったし、何より、並のロボットどころか戦闘用のアンドロイドすら実用化しているとウワサされるアストラル技研が、どこの馬の骨とも知れない戦争屋に仕事を依頼する道理がなかった。現に、脆い人間である俺はクルマに撥ねられてこのザマだ。ロボットを使っていればこんなことにはならなかっただろう。
「……でだ。俺は見ての通りのこのザマだ」
「そのようだな」
マインツは再び口元を引きつらせ、いまだ自由にならない俺の脚を見る。
「要件はナニか、依頼のキャンセルってところか? まぁ言い訳のしようもない。随分とノンビリさせてもらった挙げ句に不首尾な結果に……」
「いいや、まったく心配には及ばない。ミスター・レオーノフ。依頼のキャンセルは無い。我々の間に結ばれた契約は今もなお継続しているし、我々は契約を途中解除するつもりもない」
前金を返さずに済むかどうかだけを密かに気にしていた俺に、マインツはハッキリと断言したのだ。
「契約はまだ生きている。ミスター・レオーノフ。脚の完治を待って再び依頼の件を続行してもらうというのが我が社の判断だ。安心して治療に専念してもらいたい……それに何か問題があるとでも?」
マインツの口調は恐ろしく高圧的であり、俺に有無を言わす気など微塵も感じられない。しかし、そうは言われても痛む脚を引き摺ってまで仕事に打ち込む気はしない。こんな有様でしくじり、後になってからああだこうだと言われるのも癪だ。
「俺は構わんが……脚が完治するまで待ってくれるほど対象は悠長なもんかな?」
「確かにその点は不確定要素ではある。だが、貴殿が気にする必要はない。計画自体が不首尾に終わることは決してないのだ」
もはや俺に依頼遂行の可否を論ずる権利は与えられていないようだった。おそらく、そんなものは最初から無かったのだろうが。いずれにせよ、俺の立場は相当に危険な状況にあったのは間違いない。今までにも暗殺やテロ行為のような、仕事の失敗が死に繋がるようなヤバイ仕事は請けてはいた。依頼の途中解除が死を意味するような仕事もだ。だが、依頼主がアストラル技研ともなればハナシは違ってくる。どんな国、どんな団体よりも、得体の知れない誰でも知っている大企業。ウワサによれば世界を動かしていると言っても過言ではないほどに、旧世紀から人類の文明文化に大きく影響を及ぼしていると言われている。そんな、ヘタな大国よりも権勢のある大企業(実際問題、全世界を相手に戦争を起こしても勝てるだろう!)の依頼が、失敗しましたハイスイマセンで済むような内容であるはずはなかった。
俺はここに至って初めて依頼を請けたことを真剣に後悔しつつあった。そして、それが多くの後悔と同様、もう取り返しが付かないであろうことも悟っていた。




