第12話
「そ、その……親戚の家に連絡してくる……が、が、外泊する、って」
イオは顔を真っ赤にしフルフルと震えながら席を立った。
「こ、公衆MTあるわよねっ? ……どこっ?」
『はい、そちらのお手洗いの前です』
「……そなとこにおトイレと公衆MTあったんだ……」
カリストは雇われ者のくせにトイレ掃除をしたことがなかった。公衆MTの前に立ったイオは、親戚に向かって何やら独り言のようにボソボソと喋っている。
カリストが私服に着替え終わるのを待って、ふたりは連れ立って喫茶店を後にした。
『お前さんたちは未成年なんだからな……あんまり変なことをするんじゃないぞ?』
オーナーの故意に不粋な一言にイオは激しく憤慨している。
「だっ!? だいたい何よ変なことって!? どういうことが変なことなのよっ!?」
「?」
カリストはケロリとしたものである。
「えへへ~♪ きっと遅くまでお菓子食べたり騒いだりすることだよっ♪」
「なっ!?」
絶句して、それから街を見渡すイオ。
「こ、この辺に、その、しっ、下着とか売ってるお店ない?」
「そこにコンビニあるよ~?」
「コンビニ? そんなんじゃダメよ。ちゃんとした女性用下着のショップ……」
しかし、もう夜の9時である。しかもポツダムはベルリンのベッドタウンであるため、田舎と言えば田舎なのだ、ほとんどの小売店舗は夕方には店を閉じているのである。
だが、帰り道の途中に歓楽街……カリストいわく「お酒とか飲むとこ」……があり、そこには(カリストがまったく知るよしもない世界であるが)ショーガールや娼婦が贔屓にしているブランド物のショップが数軒ばかり軒を連ねているであった。
「やった……少し怪しげなニオイもするけど、あそこなら……ねぇ、ちょっと待っててね」
「うん♪ でも着替えなら貸してあげるのになぁ」
カリストを待たせて、イオは小走りに店の中へ入っていった。1軒目からは顔を真っ赤にして即座に出てきた……どうやら少し趣の違うショップだったらしい。次の店は問題なかったらしく、しばらく時間が経ってから包みを手にイオは戻ってきた。
「……なっ、なによっ! あの店員、誰がどんな下着を着ようが勝手じゃないっ!? あ、待たせたわね、じゃあ行きましょ」
「うん♪ なに買ったのかなっ? パジャマ?」
二人は連れ立って再び歩き出す。
「なっ!? ……う、うるさいわねっ! な、なんだっていいでしょ! もう、だいたい誰のせいで……」
「……ねぇねぇ♪ イ~オ~? イオってば、初めて会ったときとかは違ったんだけど、最近、喋り方とか、なんかエンケラティスとソックリなんだよねぇ……声もちょと似てるかも」
「ぎゃっ!?」
突然のカリストの発言に思わず舌を飲み込みそうになるイオ。
「あ、そだっけ、イオはエンケラティスのこと知らないもねぇ」
「…………」
イオはウンもスンも言えず、ただカリストの言葉を待つしかない。少し申し訳なさそうに、恥ずかしそうにカリストは言う。
「えとねぇ、エンケラティスって、世界にふたりいるわたしがだあい好きな女のコのひとりなんだよねぇ……もひとりはイ~オ♪ えへへ~♪」
「……はあっ」
思わず脱力するイオ。
「そ、そう……」
「……でもねぇ、ちょと事情があって、エンケラティスとは会えないんだよねぇ……」
「……で、でも、まあ、そのうち、すぐに会えるような気がするわ……意外と近くにいるかもしれないし……」
「えへへ、そだねぇ……あ、ここのマンションだよっ♪」
「上がっちゃってイイよ~?」
「お、お、おじゃまし……ます」
恐る恐る室内に上がるイオ。
「そっちがおトイレと洗面所とおフロだよ~♪」
「……お、思ったよりも片付いてるわね……あんたにしてはシンプルにまとまってるわ……意外……」
カリストの部屋は必要最低限の物とカリストの趣味の物だけで構成されていた。誰でも持っていて当たり前の据え置き型のマルチモニタや音響機器のようなモノも無いし、キッチン周りにも小さな冷蔵庫とユニット化された調理機器があるだけ……ちょっと切なくなるくらい慎ましやかな暮らしぶりだ。
イオは幾つかのオモチャやプラモデルが飾られているサイドボードの陰を指でなぞる。
「こ、こんなとこまでキレイに掃除してる……なんか、なぜか、軽くショック」
「お掃除とか、だあい好きなんだよねぇ♪」
カリストは気分よさそうにアレコレと説明していたが、ベッドサイドに置かれていたMTにメッセージ着信を示すイルミネーションランプが点灯していることにイオが気付いた。
「ねえ、カリスト、メッセ来てる」
「んう? ホントだ……留守中にメッセージなんか来てる初めてだよ~♪」
イオが目の前にいるのをまったく気にもせず、カリストはメッセージを再生する。
『……あ、あ~ カリスト? 私よ、エンケラティスだけど?』
「えへへ~♪ エンケラティスからだ~♪ このコがさっき話したエンケラティスだよっ♪」
「……カリスト……ちゃんとメッセージ聞きなさいよ……」
イオが呆れながら注意を促す。エンケラティスの声は妙にボソボソと潜め声だった。
『え、ええと、その……今日の夜は、その、ちょっと用事が入っちゃって通信できないから、代わりにメッセージを入れておいたわ。なんて言うか……その、あの、あ、あんたは真面目で優しいから大丈夫だとは思うけど、も、物事には順序とか節度とかあるわけっ! わかるわよねっ!? ……ゴホン……だから、その、何事もゆっくりじっくり進めるべきだと思う……あ、あんたは良くても、その、あ、あ、相手のこととかも、考えるのよ? いや別に相手もイヤってワケじゃないんだけども、ききき気持ちの準備が……じゃあ今からそっちに戻あばばばば! じゃあオヤスミ!』
それはまったく支離滅裂な意味の判らないメッセージであった……が、カリストはウンウンと頷いている。
「ねっ? エンケラティスってば、とってもとっても優しいんだよねぇ♪」
「そ、そ、そうね、きっ、きっと、カリストのことが大事で、す、す、好きなんだと思う」
何だか悪い酒にでも酔ったかのようにイオはグワングワンだった。
ふたりはしばらくお喋りなどして過ごしたが、カリストが思い出したように言う。
「あ、そだ~! イオ、おフロかシャワーはいる~?」
「なっ!? ……う、うう……一応、その、万が一(?)のときのために……入るわ……せっかく下着も買ってきたし……でも、そ、その、あんたパジャマ持ってないんでしょ?」
「使ってないバスローブならあるよ~♪ それあげる~♪ そいじゃイオ、先に入るとイイよっ♪」
カリストは何の気なしに言っているのだが、いちいちイオは赤面したり挙動が変になる有様。
「ぐっ!? じゃ、じゃあ先に使わせてもっもらうわわっ!?」
泣きそうな顔をしながら紙袋を手にシャワー室へ向かうイオに、カリストが追い打ちをかけた。
「あ、そだ~♪ わたしもいっしょに入って」
「イイわけないでしょっ!! バカぁ!!」
ピシャッとドアが閉じられ、鍵の下ろされる音がした。
『……も、もう限界……いろんな意味で』
「?」
『……つ、続くわ……めくるめく美少女の園へ……』
「??」