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KallistoDreamProject  作者: LOV
КаллистоМечтаПроект:Другая точка зрения
128/150

Другая точка зрения:семнадцатый

 燻る地獄の灰の中に横たわっていたところを天使に救い出された俺だったが、自分がどういう状況に置かれているのかを正確に理解できたのは、明くる日、病院のベッドの上でだった。全身が軋むように痛み、触らなくても自分の顔がパンパンに腫れていることが判る。麻酔やら何やらのせいでアタマがガンガンと痛んだし、ついでとばかりに親知らずすらも痛い(脚の痛みよりも酷いものだ)。首をもたげて足元を見ると、やはりというか何というか、片脚はガッチリとギプスで固定されている。忌々しかった反面、切断されるような事態にはなっていないことに多少は安堵した。

「クソ……クソッ!」

 俺は悪態を吐いて枕にアタマを押し付ける。大怪我を負ったのは仕方がない。仕事をしくじったわけではなく、俺は単なる交通事故の被害者なのだ。自分だけは決して事故や天災に遭わないと考えるほど俺は楽天家ではない。しかし何より問題なのが、肝心の仕事がどうなるかだ……。

 あいにく俺は依頼者との連絡手段を持っていない。件のエージェントだけが唯一の頼みだったが、あのクソ野郎が俺を見つけ出せるかどうか怪しいものだ。仮に接触できたとして、しかしこの有り体で仕事の依頼を続行できたものか。いや、仕事をキャンセルされること自体は仕方がない。俺も片脚を引き摺ってまで仕事をするほどの執念は持ち合わせてはいないのだ。それよりも、こういう有様になってしまった自分に無性にハラが立ってくる。なんだというのだ、クルマに当て逃げされるというのは! この俺が!

 一方で、戦場で怪我らしい怪我を負ったこともない俺が、こんな安全な街中でクルマに撥ねられるというシュールさに苦々しい笑いも漏れたのも事実。かつて戦場で剛勇を轟かせた武人が平時に落馬して死んだとか酔っ払って溺れて死んだとか、そういう笑うに笑えない逸話を耳にしたことがあるが、人の生き死にというのは案外とそんなものなのだろう。誰の人生も非凡で平凡なのだ。

 とにかく俺はロシア人ジャーナリストということになっていて、海外渡航者用の健康保険だのにも偽名で加入してはいたが、しかし、もしかすると海外旅行者が事故に遭ったという状況からして、病院がロシア外務局に身元照会などした可能性もある。そうなると少々面倒な事態になりかねなかった。なにせ、ロシア人ジャーナリストのウラディーミル・バシキロフなる人物は存在しないのだから。それと同じく、真実の俺であるところのギオルギ・アレクサンドロヴィチ・レオーノフというロシア人もまた、存在していないことになっている。こういうのはあまり良い状況とは言えなかったが、だがしかし、逃げ出したところでどうにかなるようなハナシではない。だいたいにして動きたくても動けないのだ。


 俺が事故に遭ってから3日が経った。その間、俺は最先端の医療と、日に3度の健康的なメシ、清潔なシーツ、充分な睡眠、無愛想だが若くて美しい看護師に介護されながら快適に過ごした。あとはシャンパンとキャビアと葉巻があれば完全に天国だ。無愛想な担当医が言うには、大腿部の骨折に伴う手術の経過も良好だという。まったく良いこと尽くしだ。俺が懸念していた身元に関する追求や確認も一切なかった。

 それで、だ。俺は何とも言い難い違和感を覚えていた。それは何かというと、轢き逃げ事件が発生したというのに、クソ真面目で堅物揃いのドイツ官吏が待てど暮らせどやってこないことだ。俺を轢いた轢き逃げ犯も事故当日には逮捕されていたというが、そうであろうとなかろうと、轢き逃げは立派な犯罪行為なのだから、警察が調書を取りに来て然るべきなはずなのだ。そのことを担当の看護師(ロケットのような乳をしている)に告げると、「さあ?」という要領を得ない応えだ。「さあ?」だと? 信じられん。

 さらに俺を混乱させるのは、俺を助けるべく健気に尽力してくれた少女の存在だった。天使のような娘で、まさしく俺の命の恩人と言えるのだが、あの娘は何なのかはさっぱり判らないし、よくよく考えたら小学生くらいに見えた。恐るべきことに薄ぼんやりとした記憶の中では注射器で麻酔を打ってくれたような気もするが、これはきっと事故に遭ってショック状態になった俺の譫妄せんもうなのだと信じたい。

 ところが、この少女の件についても、誰も何も知らないという。だいたいにして、俺の事故に関するニュースがオンライン上にも新聞にも一切が書かれていないのだ。これではまるで俺が遭遇した轢き逃げ事故が、まったく存在していないかのようだ。俺は現にまだ痛む脚を抱えて立つこともできないというのにだ。


 さらに数日が経過した。俺は相変わらず快適に過ごしてはいたが、湧き上がる疑念は日に日に大きくなるばかりだった。そんなところに何の前触れもなく来訪者があった。大きな図体と大きな鼻の、黒スーツ野郎だ。もちろん知らん奴だった。男は病室に入ってくるなり、居合わせた看護師に席を外すよう告げた。

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