Другая точка зрения:шестнадцатый
うすぼんやりと過ごすうちに夏は過ぎ去り、私は人生で初めての秋を迎える。暑気が苦手な私にしてみれば、ついに希った季節の到来だ。日陰に入ると日中でも微かに肌寒さを感じるくらいだけど、私にはこれで丁度いいくらいだった。もしかすると日々の生活の中で初めて、しみじみと穏やかな喜びのようなものを実感したと言っても過言ではないかもしれない。たぶん大袈裟に感じられるだろうけれども、それくらい私は涼しい季節を望んでいたし、単に気候だけの問題でもなくて、「秋」という季節が醸し出す雰囲気というか、空気感というか……ううん、やっぱり大袈裟すぎるかもしれない。とにかく、季節が秋になって私がどれくらい浮かれていたのか、何となく判ってもらえたかとは思う。
もちろん浮かれていたとは言っても、私は私。小躍りして喜びを表現することもないし、愛想が良くなるようなこともない。それでもやっぱり少しは気持ちが外向きになっていたらしい。特に何の用事もなく、スケッチをするでもなく、天気のいい爽やかな日にはブランデンブルク門の周辺をブラブラと散策したり、カフェでお茶を飲んだりして過ごすようになった。この私がテオドール・トゥーハーでラテマキアートをオーダーし、店先の露天席で寛いでいるなんて、我ながら信じられない。
そして、行き来する人波の中に、いつしか私は自然とあの亜麻色髪の少女やバイク乗りの少女の姿を捜していた。無愛想で得体の知れない、実は人間のフリをしたバイオロイドだったりする私に、無償で救いの手を差し伸べてくれた少女たち。もしかしたら、私のことを少しでも解ってくれるような気さえする。それはきっと「友だち」と呼ぶべき存在。本当は価値観を共有できる愛すべき同胞が傍にいてくれさえすれば良いのだけれども、それは叶わない。いずれにせよ私には友だちが必要だった。私は友だちがほしかったのだ。
だからといって、いざ目の前に彼女たちが現れたら、それはそれで恐ろしくもあった。何を話せばいいのか、どんな顔をすればいいのか、まったく巧くやれる気がしない。たぶん、体調が悪くなっていた私を気に掛けてくれたことへの感謝の言葉に笑顔を添えるだけで良いのだろうけれども、何というか……率直なところ、ただただ恥ずかしい。私は本心からそうすべきだと思っているのだけれど、きっと何かくだらない自意識が素直な気持ちを邪魔するのだ。ましてや、友だちになってほしいだなんて、とてもではないけど言える気がしない。ほんの幾つかの簡単な言葉。言うことができれば、きっとその瞬間、その一撃だけで私の世界は鮮やかに変わる。そう判っていても、いざその時に私は勇気が出ない気がする。どうしてなんだろう。私は彼女たちに仄かな好意を感じている反面、やっぱりどこか自分と絶対的に違っていると思っているのだろうか……自分のことを、バイオロイドのことを真に理解できる人間はいないと思っているのだろうか。それとも、ココロのどこかでは、理解してもらうことを望んでいないのだろうか。
そんなことを考えながらラテマキアートを舐めていると、横合いから男性の声が。
「ええっと……相席してもいいかな?」
私は声の主と覚しき人物の足元をチラリと見る。よく履き込まれたバイカーブーツが見えた。ほぼブランデンブルク門に隣接しているという場所柄、テオドール・トゥーハーは観光客に人気の喫茶店なので常に混んでいて、ひとりで長時間テーブルを占有するのは元よりムリがあるのだ。断る余地などない。
「……どうぞ」
私は声の主に顔も向けないまま、小さく答えて、形ばかりの会釈した。
「ありがとう」
男性は朗らかに礼を言ってテーブルに着いた。それにしても、なぜかどこかで聞き覚えのある声だ。私は思い返してみる……今までの人生で、まともな内容の会話をした男性はふたりしかいない。ひとりはロシア人ジャーナリストを名乗った中年男性、もうひとりは……私はハッとして男性の顔を見る。そこに座っていたのは、きっとそれなりに整った顔立ちと均整の取れた体躯を持つ若い男だった。私は男性の美醜に関しては特に興味がないので正直よく判らないけれども、その表情には険がなく、他者を安心させるような和やかさがあった。
「あなたは……前にティーアガルテンで……?」
「オレの声、憶えていてくれたんだ。嬉しいよ」
そして私は思い出す。本人は明確には認めてはいないけれども、この人は会社の関係者なのだ。思わず表情を強張らせる私に対して、若い男は少し首を傾げて穏和に微笑む。