Другая точка зрения:пятнадцатый
ロシア人傭兵との連絡が途絶えて2週間が経った。まったくクソ忌々しい。俺はヤツの住んでいる正確な場所はおろか、名前すらも知らされていないのだ。せいぜい人相とロシア人の傭兵だという程度のことしか教えられていない。俺はクライアントとヤツの間を繋ぐ連絡員にすぎんのだ。そういう契約だ。実のトコロ、ヤツがクライアントからどんな仕事を請けているのかも、詳しくは知らされていないし興味もない。クライアントの指示する場所でヤツと接触し安否を確認すること、そして、必要が生じた場合には用件を伝えるということ、それだけが俺の仕事なのだ。
先週の金曜日、俺はクライアントからヤツの所在が判らなくなった旨、連絡を受けた。元々クライアントの指示に従って指定された場所でヤツに接触していただけの俺にしてみれば、クライアントがヤツの居所を把握できないというのならば、もうお手上げだ。ヤツが死のうが逃げようが俺には関係ないし、元からヤツとの接触場所はクライアントが指示するという契約だったから、俺はここまでの仕事代をさっさと払ってもらって、仕事をキャンセルするかどうかクライアントに迫った。
ところがクライアントはヤツとの接触が果たされるまでは仕事代を払うつもりはないし、キャンセルもしないとほざきやがる。仕事の仁義もヘッタクレもない。だが、正直なところクライアントは相当にヤバイ連中だという気配がプンプンだったから、俺はそれ以上強行するのを避けた。
カネのために命の遣り取りをするような連中は気が触れていると思う。俺の仕事も多少の危険は付きものだが、そう滅多なことでは死ぬことはない。モノや情報を決められた場所から決められた場所まで運ぶ、簡単に言えばそれが俺の仕事だ。こうやって待っている分には命の危険もないし、待機している間の手間賃もしっかり払ってもらえた。なので俺は久しぶりに色街にでも繰り出すことにしたのだ。
ドイツで最高の女を抱こうと思ったらオラニェンブルガーに限る。通りに立っているような売女じゃないぜ。高級娼館と呼ばれる場所があるのだ。もちろん、本当の意味での最高の女は今の俺のように泡銭金を持った程度の男には買えないレベルなのだが、それよりちょっと劣る程度の女なら、よりどりみどりだ。俺は今までに何度かだが世話になった「白百合の園」という少しばかり気取った娼館へ向かった。
このクラスの娼館ともなれば、立ち入るのに何の気恥ずかしさも気兼ねもない。高級娼館に足を踏み入れるのは男にとってある種のステータスなのだ。中に入って払うモノを払えば葉巻もシャンパンも飲み放題だし、食い物もある。ちょっとした、と言うよりも、かなり豪勢なホテルに泊まるVIP気分を満喫できる。それだけでもカネは払う価値はあるな。しかし、それにプラスして最高級の女が一晩付き合ってくれるのだから、男なら誰でも一度は体験してみた方がいいんじゃないかと俺は真剣に思っている。
「いらっしゃいませ。あら、お客さん。お久しぶりね」
車寄せに停められた公用車ナンバーのキャディラックを横目に娼館に足を踏み入れた俺を、ラウンジ中央のカウンターに立つマダムが迎え入れる。ダーク系のイブニングドレスを身に付けたマダムは、噂では元娼婦らしいが、どこぞのセレブと見まがうような色気と気品がある。俺に対して「お久しぶり」などと言ってきたが、おべんちゃらなどではなく、一度でも来た客のことは本当に憶えているらしい。
「また少し羽振りが良くなったのかしら? ふふふ」
「へっ、独り身の男の娯楽なんてこんなものしかないだろうが」
俺は憎まれ口を叩く。照れ隠しなどではなく、真実そう思っている。
「それで……今日は? 生憎だけれど、この前お相手させて頂いた娘は年季が明けて引退してしまったわ」
「ああ? そうだな、任せる。あんたの見立てなら大丈夫だろ」
このクラスの娼館ともなれば、いわゆる「ハズレ」は無い。あれやこれや細かい好みを言うのは野暮というものだ。俺は準備が整うまでロビーの片隅にある本革張りのソファに腰を下ろし、さっそく葉巻を1本もらうとプカプカやり始めた。
ややしてから若い男が娼館に入ってきて、マダムと何かしら軽く言葉を交わしてから、俺と差し向かうようなカタチでソファに座った。なかなかの男前だが娼館には不釣り合いなライダースジャケットなど着た、どう見ても裕福そうには見えない男だ。こういう場所では客同士は互いが存在していないかのように振る舞うのが常だが、訝しげな俺の視線に気付いたのか、男は皮肉っぽい作り笑いを浮かべてタバコを吸い始める。一方、俺は何となく予感めいたイヤな感覚に襲われ、黙ってはいられなくなってしまった。
「……お前さん、俺に何か用でもあるのか?」
「いや、別に何も。むしろあんたが俺に用でもあるのかと思ったけど」
「……こういう場所でトラブルを起こす気はねぇ。すまねぇな、気にしないでくれ」
俺は原理不明のプレッシャーに負けて思わず声を掛けてしまった自分自身に舌打ちした。今夜ここに来たこと自体が間違いだったかもしれない。若い男は気にする様子もなく、無心にタバコを吹かしている。