Другая точка зрения:восьмой
あのコがベルリンに(勝手に!)来ているという報告を私が受けたのは夕方少し前だった。同じ課のアンドロイド・ハルモニアが知らせてくれた。彼女はわざわざ狙ってあのコをモニタリングしていたわけじゃなくて、あくまで通常業務としてベルリン市内の監視カメラをチェックしていただけなんだけど、市内の複数の観光地のカメラに、やたらと例の落ち着きのない姿が映り込んでいるのを確認したものだから、気を利かせて私に教えてくれたのだ。
昨日の夜、MTで定時連絡したときには、ベルリンに来るなんてコトは言ってなかったし、どうせ深い意味もなく思い付きで行動しているに違いない。改造バイクが完成してからというもの、行動範囲がムダに広くなってしまったのは困りものだ。相変わらず好き勝手にトンチンカンなことばっかりしてるあのコに少し呆れたけれども、例によって私は相当に浮き足立った気分だった。時計を見るともう夕方だ、どう考えても今からポツダムに帰るには遅すぎる、絶対もう遅い(実際はまったくそんなことはないんだけれども)。
「ねえ、ハルモニア。確か市内に会社系列のホテルって、あったわよね?」
「はい、幾つかあります。価格はピンキリですけど……」
ハルモニアは言われるまでもなく端末を叩き、すでに調べ出していた。
「ただ、この時間からの予約となると少し厳しいかもしれませんね。安い価格帯のホテルは観光客に人気なので、もうほとんど予約で一杯ですね」
「空いているところは?」
「……ブランデンブルク門の目の前にあるアドロン・ケンピンスキーには、まだ空きがあるようです。五つ星の高級ホテルですね。ただ、安価な部屋は埋まっています。空きがあるのはプレジデンシャルスイートだけですね……今の時間からだとディナーの予約は厳しいので、そこは外食で済ませるとして……朝食付き宿泊で約35万クレジットになります」
「さっ、さんじゅうごまん!!」
「2名で利用しても同じ価格です。これでも社割で2割引ですし、お安いと思いますよ、アドロン・ケンピンスキーにしては」
もっともだとは思う。アドロン・ケンピンスキーはブランデンブルク門の目の前にあるから意識することなくいつも目にしているけど、アイボリーとミントグリーンの外構がオシャレで雰囲気があって、ちょっと憧れていた。でも、普通の部屋なら数万クレジットで泊まれるのに……。
私は少し迷って、決断した。
「じゃあ、ハルモニア、その部屋に予約!」
「宿泊日の予約なので、万が一キャンセルになるときは、キャンセル料は料金全額分になりますが……大丈夫ですか? ちなみに料金は来月の給料から棒引きされます」
「だっ、大丈夫っ!」
正直、こんな慌ただしくノリでセッティングするのは拙い気もしていたけど、私には勇気が足りないから、こうでもして自分の背中を押してやらないと先に進めない。
「では、予約しました。夜の7時までにチェックインしてくださいね。あと、朝食は基本はビュッフェ形式ですが、アイントプフやシュニッツェルなどのドイツの伝統料理のコースも選ぶことができます」
「シュニッツェルね……コルドンブルー(チーズとハムを挟んで揚げたシュニッツェル)食べたいな……」
私は大好物のシュニッツェルに思いを馳せかけて、我に返る。そのためにはまずあのコと合流しなくてはならないことを思い出した。考えナシのあのコのことだから、こうしている間にフラリと帰ってしまうかもしれない。
「今どこっ?」
「先ほどペルガモン博物館に姿を現しました。なぜか中には入らずに周囲をフラフラしているだけです。とりあえずベルリン中心部にある2号線沿いの観光スポットを回っているようですが、同じ道を行ったり来たりしているのであまり効率的ではありませんね。肝心のブランデンブルク門はまだ訪れていないようなので……おそらく、門へは最後に行くつもりかと思われるので、そこで待ってみては?」
ハルモニアの言わんとしていることは良く判った。ブランデンブルク門はベルリン最大の観光スポットであり、歴史的建造物であり、私たちの誇りでもある。絶対に外すことはできない場所だし、真っ先に見に行くか最後に見に行くか、そのどちらかしかないと考えるのは理に適っていた。
「もう……来るなら来るで知らせてくれたら、いくらでも付き合ってあげるのに……」
なんだか予定していたデートコースを先回りされてしまったような気がして、少し残念に思えた。いずれにせよ。ブランデンブルク門なら会社からも近い(と言うか、会社の直上にある!)し、今から行けば余裕で合流できるだろう。
「MTを持って行ってくださいね。もし行き違いになりそうなら、すぐに連絡して誘導しますから」
「そうするわ。ありがとう。なんだかいつも良くしてもらってるわよね。今度、何かお礼をするわ」
アンドロイドであるハルモニアはお菓子やなんかは食べられないし、終業後は充電のために稼働休止するからバイオロイドのように日常生活を送ることもなければ、当然、プライヴェートもない。それでも彼女たちなりに趣味や好みがあって、ハルモニアはデスクの上や私物を置くためのラックの上に(使うことはないけれども)可愛らしいティーカップや茶道具を幾つか飾っている。そういえば以前、ロイヤルコペンハーゲンのフローラ・ダニカとかいうお皿が欲しいって言ってたっけ(私は後で知るのだけれども、とんでもない価格の骨董美術品だった)。
「そりゃじゃあ後はよろしくね。行ってくるわ」
「お気を付けて」
ハルモニアに見送られ、私は事務室を後にした。当たり前のように思っていたけれど、よくよく考えたら無断早退だ。後日、ディオネから処分として減給か一晩付き合うか、どちらかを選択するように迫られたのだけれども、それはまた別のハナシということで。